ベビーフェイスと甘い嘘
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二階はテーブルが二席だけのこじんまりとした造りだった。
「ここはね、常連さんしか来られない。で、こっちが俺の指定席」
と、向かって右側の窓際の席を指さした。
指定席へと腰かけると、大きな窓から通りの景色が見えた。暗闇の中にオレンジ色の光が幾筋も現れて、そしてゆったりと流れて行く。
見慣れた道路もここから見ると、また違った景色に見えた。
「……ここにいるとね、なんだか時間を忘れてぼんやりしちゃうんだよね。だから、一人になりたい時はいつもここに来てたんだ」
そう言われてはっとした。
今声をかけられるまで短い時間だったけど、少しだけ時間を忘れて無意識に景色を眺めていた自分に気がついたから。
「好き嫌いはない?お料理はお任せでいろいろ頼んでおくから、アカネさんはここでゆっくりしててね。……アカネさんだっていろいろと考えたいことあるんじゃないの?」
そう言ってナオキは階下へと降りて行った。
一人きりになり、しばらく車のライトが流れる景色を見ながらぼんやりとした。
確かにここにいると時間の枠組みが曖昧になっていって、思考がぼやけてくる。そして、ずっととりとめのないことを考えてしまいそうになる。
だけど、どうしてナオキとこの不思議な感覚を共有することができるのだろう。
たった一晩一緒にいただけで……まだ数えるほどしか会っていない人なのに。