ベビーフェイスと甘い嘘

奈緒ちゃんが口を尖らせるのを見て、またか……と心の中でため息をついた。


俺の奈緒ちゃんに対する態度は何一つ変わっていないのに、最近こんな風に冷たいと責められる事が増えていた。


「うん、ごめんね」


適当に流したつもりは無いけど、それを言っても納得しないので、すぐに謝ることにしている。


「検診も付き添いして。そしたら許してあげる」


「それは無理だよ。まだ配達残ってるんだから。なるべく早く終わらせて迎えに行くから待っててね」


なるべく冷たくならないように優しく声を掛けたのに、今度は俺の返事を無視して奈緒ちゃんはムスッとした表情で頬を膨らませた。


その顔を見て、また溢れそうになるため息を心の中で押し留めた。


奈緒ちゃんがこんな風に不安定になったのは夏祭りの頃からだ。

茜さんと俺が一緒にいたと店で噂になってしまった辺りから。


「だから直喜ちゃんがわざわざ送らなくてもいいって言ったのに!噂になったら茜さんにも迷惑がかかるでしょ!」


昔も追っかけみたいに熱心なファンの子と話をしただけで噂になった時があって、奈緒ちゃんには「直喜ちゃんはいちいち相手をしなくていいんだよ。放って置くぐらいがちょうどいいんだから」とずっと言われていた。


最初はこんな感じで俺が注意されただけだったのに、いつの間にか奈緒ちゃんは茜さんとの仲を疑うようになっていた。


何がきっかけでどうしてそんな風に思うようになったのか、訳が分からない。


マタニティーブルーってやつ?

お腹の中に二人もいるんだから、男の俺には分からない苦労がたくさんあるんだろうけど……


とりあえず一時的なものだろうと奈緒ちゃんから言われる文句も疑いも、ただ受け流していた。

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