ベビーフェイスと甘い嘘

「俺も久し振りに弾きたくなっちゃったな」

私をカウンター席に座らせて「ねぇ、ヤスさん。いいでしょ?」と、ナオキはカウンターの中にいた男性に声をかけた。

ヤスさんと呼ばれたその人はこのお店のオーナーなのだろうか。しょうがない奴だなー、と言いながらも

「チアキがいいって言ったら弾いてもいいよ」

と了承してくれた。それから私のほうをチラリと見ながら、「格好いいところ見せたいんだろう?」と言って、ニヤリと笑う。

「うん。口説いてる途中だからね」

ナオキも同じようにニヤリと笑いながら言うと、ステージへと手を振りながら歩いて行った。

口説いてるだなんて……冗談だって分かってるのに恥ずかしい。

「お嬢さん、ご注文は?」

ヤスさんが微笑みながら聞いてくる。

「何かノンアルコールのカクテルを作ってください」

カクテルはあまり得意じゃなくて、すぐに酔いが回ってしまう。21時半まで、と約束をしてはいるけど……ナオキがその時間に帰してくれる保障なんてない。

だから今日はあの日のように酔うわけにはいかないし、アルコールも……できれば今の時期は避けたい。


それと……

「『お嬢さん』は、恥ずかしいです」

流せばいいのに、こんな細かいことでも気にしてしまう。こういう可愛いげのないところが自分の良くないところだ、っていうのは十分分かってはいるのだ。

分かっているくせにこうして口にしてしまう。
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