ベビーフェイスと甘い嘘
ナオキが軽くリズムを取りながら、ピアノを奏ではじめる。
チアキさんもピアノが鳴り始めると、それまでの憮然とした表情が一変して柔らかな表情に変わり、リズムに乗って歌い始めた。
その変化にさすがプロだな、と感心する。
チアキさんの声は少しだけハスキーで、心の内側にサラリと触れるような、そんな歌声だった。
そんな歌声を包み込むように、絡めとるように、ピアノの旋律が追いかけていく。
音楽にあまり詳しくない私は、曲名も、ジャンルすらもよく分からない。でも、ナオキがここで弾いてもいいくらいに上手なのはさすがに分かった。
いつの間にか、心地よい歌声と旋律の流れるこの空間を、心の底から楽しんでいる自分がいた。
演奏が終わる。客席からは、拍手と歓声があがった。
ナオキと目が合った。『どう?凄いでしょ?』動いた口は確かにそう言っていた。子どものように無邪気で自慢気な表情に思わず笑みがこぼれた。
『もう一曲』
気を良くしたのか、拍手に後押しされるようにナオキがまたピアノに向かう。
奏でたメロディーは、私にも聞き覚えのある曲だった。
「あっ、ナオキ!」
ヤスさんが慌てて止めようとするけど、もう遅かった。
奏でられたメロディーは止まらず、店中を駆け巡り、流れて行く。