ベビーフェイスと甘い嘘
「口説いてる子を泣かせてどうするんだよ」
ヤスさんが呆れたようにナオキに言っている。
『あなたのせいじゃない』
そう言いたかったのに、言葉にはできなかった。
私の頭を撫でるその綺麗な手が心地よくて、優しくて……少しだけそのまま甘えていたかったから。
「シンデレラをそろそろ送って行かないとね」
ナオキは涙の理由は聞かずに、時計をチラリと見ながら言った。
理由を聞かれたら混乱していたと思うから、どうして泣いたの?と聞かれなくて良かった。
心の底に押し込めていた涙を流すことができた。
そして、その涙に気がついてもらえた。それだけで心が少しだけ軽くなったような気がした。
私はヤスさんにお礼を言って『still』を後にした。
***
帰りの道も車中でも、また手を繋ぎながら帰った。
温かな手の温もりを感じながら、今日はほんとうに『デート』だったんだな……と思った。
『sora』では二階から下に降りたらもう支払いは済んでます、と言われて『still』ではお財布を出すこともなく外に出た。
「いいの?」と聞いたら「払わせるワケないでしょ」とさらりと言われてしまった。
あまりにもスマートで、本当にシンデレラにでもなった気分だ。
もし、今の時間が特別な『シンデレラ』タイムだったとしたら……
魔法はもうすぐ解けるから、私はまたいつもの穏やかで死ぬほど退屈な日常に戻る。