ベビーフェイスと甘い嘘
「涙……止まりました?」
フッと笑いながら耳元で囁かれる。
涙どころじゃない。
……心臓が止まるかと思った。
こんな人通りのある所でキスをするなんて信じられない。
「泣かないおまじないですよ。じゃ、おやすみなさい。……またね」
そのまま呆然とする私を置いて、ナオキは帰って行ってしまった。
ジャスト21時半。約束通り彼は私を解放してくれた。
***
一人残された私は考える。
たぶんこの人は私が手放したくない、穏やかな日常をめちゃくちゃにする人だ。
それなのに、私はあの日……彼のあの綺麗な瞳に逆らえずに差し出された手を取ってしまった。
家族に嘘をついている。そう後悔する気持ちが無い訳ではない。だけど、今日彼は少しだけ現実とは違った景色を見せてくれた。
少なくとも……今日は彼と過ごす時間を私は楽しんでいた。
今は楽しんでしまった自分に罪悪感を感じているけど、これが二度、三度と続いたら。
きっと私……
……その先はあえて考えないようにして、私は考えることを止めた。
彼の唇が触れた頬にそっと手を置く。
そこは驚くほど熱くなっていた。
その熱はいつまでも私の中にくすぶって残る……そんな予感がした。