ベビーフェイスと甘い嘘
それに……名前を呼ばれたって、何のことだろう。
「ねーさん、俺の名前知ってるよね?」
頭の中のハテナが見えてしまったんだろう。九嶋くんが眉間に皺を寄せながら聞いてきた。
私は恐る恐る口を開く。
「くしま、ともあきくん?……だよね?」
私の言葉に信じらんねー、と一言呟くと九嶋くんは、
「俺の名前は『ちあき』。九嶋智晶。『ともあき』じゃなくて、『ちあき』って読むんだよ」と言った。
「一緒に働いて何年もなるのに、すげぇショックなんだけど。ねーさん、どんだけ俺に関心ないの?」
だって……夜勤だけの九嶋くんとは朝しか一緒にならないし、名前だってみんな『くしまくん』って呼ぶじゃない。シフト表は漢字だけだから読み方なんて、気にしてなかったよ……
あまりの衝撃に卒倒しそうなほど動揺している私に、九嶋くんはやれやれと言った感じで呆れながらも、人の良さそうな(やっぱり若干含みはあったけど……)笑顔を浮かべてこう続けた。
「質問の続き。ねーさんとナオキはどんな関係?」
その質問が一番困る。
一言で『こんな関係です』と答えられたら、こんなややこしい事にはなっていない。
黙ってしまった私に、「ふーん、そんな感じかぁ」と一人で納得したように呟いた。
「……ナオキとのことばらされたくなかったら、後でちゃんとお話しよーね、ねーさん」
ポン、と私の肩を叩いて一言だけそう言うと九嶋くんは帰って行った。
私の人生に二人目の悪魔が現れた瞬間だった。