ベビーフェイスと甘い嘘
「何?九嶋くん。何か言った?」
「……何でもない。さ、休憩終わりね。ペンシルのアイライナーくらいは使いこなせるようにならないと」
「お手柔らかにお願いします」
特訓の成果もあって、ガタガタの目元をなんとか修正するテクを身に付けたものの、「毎日ちゃんとメークすること!」と先生に宿題を出された。
適当にしたりサボったりするのは難しい。同じ職場だし、必ず夜勤明けの朝イチにチェックされてしまうから、時間が経ってよれちゃったーと言い訳することもできない。
前の職場でもこんな風にサボったり適当な格好をしていたら、裕子姉さんや千鶴ちゃんに容赦なくチェックされて「ちゃんとしなさいよ!」って愛のムチをくらってたっけな。
煩わしさは無く、そんな風に構ってくれるのは仲間だと思ってくれてるからなんだなと、とても嬉しい気持ちになったのを覚えている。
九嶋くんとの時間はそんな忘れかけていた仕事仲間との密なコミュニケーションの時間を思い出させた。
一線を引いて表面上だけで付き合うのはとても楽だ。結婚してからは、特にそんなつきあい方をする人間関係のほうが多かった。
でも本音を隠さず気が置けない付き合いをしていたあの頃のほうが、楽ではなかったけど今よりずっと楽しかった。
一線を引かれた付き合いをされていることを……ほんとうは、ずっと寂しいと感じていた。