したくてするのは恋じゃない


「ご馳走様でした」

お会計で、当然私が払うものだと覚悟して財布を取り出した。

「頂いております」

え?とっくに済まされていた。
あ…、トイレに立った時…あの時だ。

結構、スマートじゃないか…本日三度目の謝罪もんだわ…。

お店を出て、なら、せめて自分の分はと、渡そうとした。

「俺が誘って付き合ってもらったからいい」

受け取ってくれなかった。
ほほぅ、似非紳士か?なんて、また失礼な事をつい考えた。

「有難う、じゃあ今日は奢られとく。ご馳走様でした」

「ああ。送るよ」

「…うん」


今は歩いてゆっくりと帰路についている。
何故だか自然に手を繋がれている…。

…そう言えば、来る時もマスターの店で手を掴まれて、そのままで来たような気がする…。!

何気に歩調、合わせてくれてる…。

私は日頃から、どれだけ剣吾の評価を低くしているのだろう?親し過ぎだったからかな。いつまで経っても、あの頃のままだと思っているのかも知れない。

それってよく考えたら、何だか最低だ…私って。


外の空気はひんやりと火照った頬に気持ち良かった。

星が綺麗だ。

日没が早い事もあるけど、案外時間は経過していた。

…不思議よね。普通、一般的に男の人と御飯なんて、ハードル高いと思うけど。…しかも、焼肉なんて言われたのに…、何も気にならなかった。

不意打ちのマスターの件はそれはそれでまた別物です。


…新月なのか、…それともまだ昇って無いのか…。お陰でキラキラ瞬く星がよく見えた。
虫の鳴き声だって聞こえそうなくらい静かだった。

こんなに夜空を眺めるのはいつ振りだろう…。
普段こんなに仰ぎ見る事はまず出来ない。暗闇は危険だから。

コツ、コツと、ゆっくりとした足どりの二人の靴音が重なり響く。


「綺麗だな…、絵里子」

「そうだね」

「…。……」

…ん?綺麗は星にかかってる言葉よね?間違って無いよね、私。
まさか、絵里子にじゃないよね?

なんか変なとこ引っ掛かっちゃった。
後者だとすれば、…剣吾がかなり酔ってるという事だ。

「今日は空気も澄んでるし、星、良く見えるね。
にしても、お互い焼肉臭いね」

「……。ああ。当たり前だ、食ったからな」

「……もぅ。…」

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