したくてするのは恋じゃない
「絵里子ちゃん、今日は何読んでるの?」
テーブルを避けながら、マスターが新しい珈琲を持ってしなやかにやって来る。
こんなヒトが居たら、彼目当てに通っちゃうだろう、それは凄く解る。
黒のボトム、黒のロングエプロン、今日はパリッとしたワイドカラーの白シャツ。
服の上からも解る、無駄の無いであろう引き締まった体に良く似合っている。
開けられた襟から覗く首元が色っぽい。
少し?おじ様だと思う。尋ねたことはないから、年齢は知らないが、実年齢よりかなり若く見えてるんじゃないだろうか。
私より少し上のお姉様達は、マスター目当てに来店する。
私とは来店する目的が明らかに違う。最初にも謝ったが、素敵なヒトだと認識はしている。…それだけです。
一番奥の窓際の席。いつしか私の指定席のようになった。
長居するからだ…。
コトッと静かに置かれたカップとソーサーは、多分高級なモノだと思う。
そういうモノに疎い私でも解る、多分?
うっかり割ってしまったなんて事になると、大変な事に成り兼ねない。…間違いない。
「…哲学的な内容?」
「クスクスッ。どうして疑問形?
って言ってる僕も疑問形だけど。
普通に言えばいいのに」
「いや、あのですね。マスターもよくご存知の通り、私は屁理屈が多いので。
そんなやつが哲学的なモノを読んでるってなると。まんまだろーって。
だから理屈っぽいんだろって」
「そんな事ないと思うけど?
理屈って言えば敬遠されそうだけど、要は筋が通っていないと気になるって事だろ?
別にこだわりがあるのって、僕はいいと思うよ?
って言われる前に言っとくけど、また全部疑問形だったな。ハハハッ。
絵里子ちゃん、モンブラン食べない?
店のモノじゃない、特別絶品モノあるんだけど」
腰を折って“特別絶品モノ”の部分は耳元で囁かれた。
甘い…。お姉様方なら、さぞや腰が抜けた事だろう……いや座ってるから問題ないか、あ、でも立てなくなるな……私は特に何も異常なし。
「嬉しいです。でも、そろそろお暇しようと思ってたところです。…長居し過ぎちゃったし」
「この後、用でも?」
首を横に振る。
「ありません!」
力一杯返事する。
「アハハッ…なぁんだ。
だったら、遠慮なく。な、が、い、し、て。
珈琲も、ね。入れたばっかりだし、ね。…さあさあ」
甘〜〜い。
「…では、お言葉に甘えて、もう少しだけ」