したくてするのは恋じゃない
「マスター」
最後のお客様が帰られたのを確認して話しかけた。
「……あの、ユウジさん。
少しお話いいですか?」
私の問い掛けにと言うか、きっとユウジさんという呼び方に反応してだろう。
上げた顔が明るかった。
「いいですよ」
手を拭き拭き出て来た。
「きっと、どんなに言葉を探しても、今の私は、気持ちを上手く表現することは難しいと思います。
日頃から理屈っぽいのに、こんな時、上手く理屈が言えません…。
私は恋に堕ちています。
多分、間違い無く。
正直に言います。
勇士さん、…貴方に恋をしています。
…そして剣吾にも。
…私は凄く揺れています。
始まったばかりの恋なんです…。
…答えを出すのが怖いんです。
失うのが怖いんです。
この気持ちに気がついたら…元には戻れないでしょ?
だって…、気がつかなければ、勇士さんとの関係性も、剣吾との距離感も、自然で居られるはずでしょ?……」
「……貴女という人は、…」
近づきながらそっと腕を引かれ抱きしめられた。
背を丸めるように肩に顎を乗せ、包み込むように抱きしめる。
耳の傍で吐息が洩れた。
「泣かなくていい…」
頭をゆっくり撫でられた。背中をゆっくりトントンされた。
子供をあやすように。