したくてするのは恋じゃない
「絵里子…絵里子か?絵里子だよな?」
この低音ボイス。…そうか、すれ違いに視線を感じたのは間違いじゃなかった。確かに見られていたんだ。
私もすぐに誰だか解った。
いい意味で変わってない。寧ろ、男前度が上がってる。
相変わらず切れ長の綺麗な目だ。
…まあ、今は、どうでもいい。
「うん。…剣吾。こんなところで会うなんて」
「…帰るところか?」
「そう、随分長居しちゃったから」
チラッとマスターと視線が絡んだ。
「そうか。俺、時々来るんだ、ここ」
そう言いながらサンドイッチと珈琲を注文して、も一つと指を立て、持ち帰り用のサンドイッチもと言っている。
「そうなんだ。私は、ほぼ入り浸ってるかな」
マスターの視線を感じる。
「へぇ、今まで会わなかったのが不思議だな」
「そうね。余程、合性が合わなくて、会わせちゃいけない力でも働いてるんじゃないの?」
「ああ、そうかもな。
帰ってるところ、呼び止めて悪かったな」
「別に。急いでる用は無いから平気。じゃあ、帰るね」
「ああ…、またな」
マスターに軽く頭を下げ、店を後にした。
またな?…会う約束した訳でもないのに?
思わず口から出た挨拶の決まり文句か…。
土曜にスーツ姿?サービス業?営業?
妙に艶っぽいし。…艶っぽいのは元々か…何だかもの凄く…胡散臭い。
あー、もぅ。関係ない関係ない。