したくてするのは恋じゃない


「絵里子…絵里子か?絵里子だよな?」

この低音ボイス。…そうか、すれ違いに視線を感じたのは間違いじゃなかった。確かに見られていたんだ。
私もすぐに誰だか解った。
いい意味で変わってない。寧ろ、男前度が上がってる。
相変わらず切れ長の綺麗な目だ。
…まあ、今は、どうでもいい。

「うん。…剣吾。こんなところで会うなんて」

「…帰るところか?」

「そう、随分長居しちゃったから」

チラッとマスターと視線が絡んだ。

「そうか。俺、時々来るんだ、ここ」

そう言いながらサンドイッチと珈琲を注文して、も一つと指を立て、持ち帰り用のサンドイッチもと言っている。

「そうなんだ。私は、ほぼ入り浸ってるかな」

マスターの視線を感じる。

「へぇ、今まで会わなかったのが不思議だな」

「そうね。余程、合性が合わなくて、会わせちゃいけない力でも働いてるんじゃないの?」

「ああ、そうかもな。
帰ってるところ、呼び止めて悪かったな」

「別に。急いでる用は無いから平気。じゃあ、帰るね」

「ああ…、またな」

マスターに軽く頭を下げ、店を後にした。


またな?…会う約束した訳でもないのに?
思わず口から出た挨拶の決まり文句か…。

土曜にスーツ姿?サービス業?営業?

妙に艶っぽいし。…艶っぽいのは元々か…何だかもの凄く…胡散臭い。

あー、もぅ。関係ない関係ない。

< 6 / 64 >

この作品をシェア

pagetop