したくてするのは恋じゃない
偶然?必然?
月曜。
私は走っていた。仕事の帰りにお店に立ち寄る為だ。
既に息があがっていた。運動不足の体には、短い距離でもかなりきつい。
流石に昨日は遠慮した。
連日を気にしてと言うより、もしかしたら、剣吾に遭遇するんじゃないかって、意味なく警戒したからだ。
あ、やっと着いた。息も切れ切れにドアを開けた。
「マスター…、ハァ、ごめんなさい。こんな時間に。ハァ、どーしても、オムライスが食べたくなって。無理を承知で…出来ますか?」
閉店時間が近い。
「走って来たの?いらっしゃい。
いや、なんの、なんの。
食べたいって熱烈な要望、断る理由がない。
ちょっと早いけど先に店閉めちゃうから、取り敢えず、座ってこれ飲んでて?
でも良かった。偶然だけど、ご飯、まだあったから」
スッとお水、そしてチャイを出してくれた。
このスパイスの香り。食欲を増進させそう。
CLOSEDの札を掛けて、中から鍵をかけると、フロア側の照明を落とし、カウンターの中へ入って行った。
お水を口にし、フロアを改めて見渡す。
お客さんは私以外居ないようだ。
他人事だけど、ドラマなんかでいうところの、二人きりの密室ってやつですね。
好きな人となら、ちょっとドキドキするシチュエーション、女子はあって欲しい大好きな状況ですね。
「今日、休憩時間にグルメ雑誌を見てたんです」
玉葱を刻みながら、マスターが相槌を打つ。
「ふむ、ふむ」
鶏肉をカットしてる。
「オムライス特集だったんです、その雑誌」
「…ん、…それから?」
「はい。変わり種とか、材料にこだわった物とか、とにかく色々載ってたんです」
「は、い」
フライパンを揺すっている。
「それで見てたら口が」
「口が?」
「はい、口がオムライスの口になって」
「なって」
「はい、どうしても食べたくなったんです。
マスターのが」
「俺を?」
「…オムライスが、です。マスターの、作った」
「それはそれは」
「色々あっても、やっぱり王道が一番だと思って」
バターにケチャップの匂い。
もうチキンライスが出来てる。
「そしたら」
「そしたら?」
「はい、デスクを片付けて、会社を出るともう走ってました」