抱き寄せて、キスをして《短編》
「こんばんは」

そう言いながら暖簾をくぐった時だった。

新太と最後にここで飲んだ狭い座敷に、加奈ちゃんがいた。

店員が私にかけた『いらっしゃい』の声に、加奈ちゃんはふっと顔を上げてこっちを見た。

彼女の顔が驚きに満ちてゆき、やがてその表情に気づいた連れの男性がゆっくりと振り向いた。

新太だった。

嘘。

新太の、恋人って。

私は何故か頭が真っ白になった。

けど咄嗟に歩を進め、店員に促された席に着いた。

幸いにもこの席から、新太と加奈ちゃんの姿は見えない。
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