抱き寄せて、キスをして《短編》
「デッサンは、描き手の、勝手な感情を加えちゃいけないと、俺は思ってる」

新太がゆっくりと立ち上がったから、私は彼を見上げた。

「なのに何度アンナを描いても、俺は自分の思いや願いを描き加えてしまうんだ」

新太は続けた。

「俺はもう、アンナと曖昧な関係は嫌だったんだ。アンナと、真剣に恋がしたかったから。
俺、入社したときからアンナが好きだったんだよ」

ガクガクと震える身体を、私は必死で止めようとした。

そんな私を見てクスリと笑うと、新太は私の腰に両腕を回した。

「アンナは俺を恋愛対象外としてて、男として見てくれなかったから、愛を告げる事が出来なかった。フラれて距離があくくらいなら、ダサい男でいたかった。そしたらアンナは俺を意識せず、ふたりはずっと『気を使わない相手』として一緒にいられると思ったから」
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