〜愛が届かない〜
新たな始まり
電車も止まり、帰る交通手段といったらタクシーしかなく駅に行けばタクシーが停車しているはずと歩いて駅に向かう。
その間
溢れる涙は止まらない。
自分で別れを決めたことなのに
悲しくて
切なくて
苦しくて
嗚咽する。
真夜中
誰一人としてすれ違うことのない道
誰にも気兼ねなく泣けるから、私の顔は化粧もはげグチャグチャだろう。
だけど今だけ…
こんなに1人の人を好きになることなんてなかったから…
時間の許す限り泣きたいの。
彼の低く心地よい声も
彼の温もりも
彼の甘い香りも
彼の意地悪な時の笑顔も
タバコを吐く時に目を細める癖も
……愛しい。
私を抱きしめ
「かえで」
そう…
低い声で呼ぶ甘い声が……好きだった。
背後から誰だかわかる香りに包まれる。
うそ…
「なんで泣いているんだよ。泣くくらいなら離れていくな」
「……泣いてない」
嗚咽する声でつぶやく。
私の体を自分の方に向かせ、顔を覗き込むとグチャグチャの顔を見て苦笑している。
「…泣くなんて…バカだな」
私の頭を彼の胸に引き寄せ頭を撫でてくれる手。
嗚咽するたび震える体の…
その背をポンポンと優しく叩く手。
「……どうして…どうしてよ」
彼の肩を握りこぶしを作った手で何度も叩き、崩れる体のその手首を掴んだ男に支えられ腰をぎゅっと抱きしめられた。
向き合う顔が近づき唇の上で囁く。
「愛してる」
チュッと音をたて離れる顔は、私が大好きな笑顔だった。
「……本気で言ってるの⁈」
「当たり前だ…たった一言なのに、言うまでに1年近くかかったけどな」
口に手を当て
うそ…
とつぶやいた。
なかなか止まらなかった涙も止まり、驚きで言葉も出ない。
まだ信じられないそんな私に
「お前は、セフレなんかじゃないからな
。ずっと俺の中では、お前は俺の女だった」
優しく語りかけるようにゆっくりと言葉にする男。
「……みぞぐちさん」
「かえで…違うだろう…晃平って呼べよ
」
「こうへい…晃平……晃平。好き、愛してるの」
「あぁ…知ってる。泣くぐらい俺を好きなんだよな」
止まっていた涙がポロポロと流れる。
「バカぁ…愛してるんだから…」
「俺も楓を愛してるよ…ほら、手を出せよ」
ポケットから出したプラチナリング。
右手の薬指に入れて
「おそろいだからな」
と自分の右手にもリングをはめる男。
2人のプラチナリングが暗い夜空の下で光る。