秋麗パラドックス
舞い散ったはずの、想いたち
「久しぶりね、菊池さん」
「久しぶり、萩原さん」
萩原 優里。
誰もが羨むほどの美貌を持つ彼女。
偉そうな態度も相変わらずの彼女は、“彼”の婚約者だ。
彼女の指には、大きなダイヤモンドがついた指輪が神々しく輝いていた。
でもまだ、左手の薬指じゃなかった。
「…あら。小春は昨日ぶり…かしら」
「…っ優里!」
きっと病院でよく会うのだろう。
けれど小春はまだ私が知らないと思っているから、声を荒げて萩原さんを制止した。
婚約者なのだから、頻繁に立ち寄ってもおかしくない。
そこで会話するうちに仲良くなっていてもおかしくない。
私は正直何とも思ってはいなかった。
けれど、小春はそのようにはとれなかったのだろう。
『違うの、奈瑠…!』と慌てたように私に言う。
隠さなくてもいいのに、とは思いながらも、私の中の黒い何かが渦巻く。
そんな私たちを見て彼女は、『あら、ごめんなさい。秘密だったのかしら』とわざとらしく言った。
「まさか荻原さんが来るなんて驚いた」
私は次々に言葉が出てくる。
今日ほど自分があまり感情が表に出ない方でよかったと思った日はない。
だってこうして、彼女たちを驚かせていられるのだもの。
こうして、憎い相手に笑っていられる。
話しかけていられるんだもの。