かまってくれてもいいですよ?
学食の出入り口で、誰かの肩にぶつかってしまった。
相手が走っていた勢いで、私は軽く壁にぶつかった。
胸に抱えていた次の講義で使うプレゼン資料がバサバサと床に落ち、ぶつかった誰かはそれを容赦なく踏んで行った。
その後ろ姿を横目で見て、一目で上級生だと分かった。
運動系サークルに所属していて、いつもホールや学食、あらゆる場所で大声で騒いでいる集団だった。
同級生だったら少しくらい文句を言えたかもしれない。
そう思いながらも、私はジッと落した資料を見下ろしていた。
プリンターを買うだけの余裕は無かった。
何とか入学祝で購入したパソコンで、慣れないレジュメを作った。
コンビニでコピーの仕方が分からなくて、でも深夜では店員さんもレジに手いっぱいで、頼むことができず、何度も失敗をして何とかすり上げた。
そもそも、友人がいない分、企画も作製もすべて、自分で行った。
何とか間に合い、胸を撫で下ろしていた先日の自分が惨めに思えてくる。
――紙が折れてる。ピンとしてなきゃ提出できない……。それに、足跡どうしよう。湿ったのとかは、どうしたら……。
取り返しがつかないかもしれないと考えると、あの時ぶつかって来た上級生を恨みたくなった。
今からでも追って行って、後先を考えずに胸倉を掴む程の勇気が私にもあれば良かったのかもしれない。
そんなことを考えて、唇を噛んだ時だった。
「拾わないの?」
そう、声を掛けられた。
慌てて顔を上げると、いつの間にか私の前に、見覚えのある男性が立っていた。
――この人、東京駅の…!!
身長180cm弱の筋肉質で無骨な雰囲気のある男性は、睨む訳でもなくジッと目を細めて、私の目の奥を覗き込んでいた。
フードから裾に掛けて豪華なファーが縫い込まれ、シルバーのボタンすべてにブランドの紋章が入っていた。
王様コート、と私の地元ではよく呼ばれていたそれは、接待関係の仕事をしている若い男性がよく羽織っていたものだった。
ライオンの縦髪のように外に大きく跳ねた金色の髪や、程良く焼けた肌に光るネックレス。
間違いなく、以前会ったことのある人だと、私は思った。
「これ、次の講義のやつじゃん……」
まるで内緒の話でもするかのように小さく言うと、男性は腰をかがめて、私の落した資料を1枚1枚拾い集めた。
「すみません、自分で拾います、ごめんなさい!」
私も急いでその場にしゃがみこみ、乱雑に、散らばった資料をかき集める。
「美雲さん、だっけ」
くぐもった声でそう言われ、私はまた顔を上げた。
何で知っているのだろう、そう私が訊ねる前に、男性は「文学史の講義、一緒だよ」と言った。
彼もまた顔をあげ、私と目を合わせる。
少しだけ冷ややかで、それでも温かみも籠った鋭い目つきが、あの日と再び重なった。
「あの! 前にお会いしましたよねっ!」
私が緊張ながらにそう言うと、彼は少しだけ顎を引いて笑うと、私に拾った資料を手渡した。
「前にって……。文学史の講義でいつも会っているし」
含み笑いでそう言うと、男性はゆっくりと立ち上がり、それ以上は何も言わずに立ち去って行った。
相手が走っていた勢いで、私は軽く壁にぶつかった。
胸に抱えていた次の講義で使うプレゼン資料がバサバサと床に落ち、ぶつかった誰かはそれを容赦なく踏んで行った。
その後ろ姿を横目で見て、一目で上級生だと分かった。
運動系サークルに所属していて、いつもホールや学食、あらゆる場所で大声で騒いでいる集団だった。
同級生だったら少しくらい文句を言えたかもしれない。
そう思いながらも、私はジッと落した資料を見下ろしていた。
プリンターを買うだけの余裕は無かった。
何とか入学祝で購入したパソコンで、慣れないレジュメを作った。
コンビニでコピーの仕方が分からなくて、でも深夜では店員さんもレジに手いっぱいで、頼むことができず、何度も失敗をして何とかすり上げた。
そもそも、友人がいない分、企画も作製もすべて、自分で行った。
何とか間に合い、胸を撫で下ろしていた先日の自分が惨めに思えてくる。
――紙が折れてる。ピンとしてなきゃ提出できない……。それに、足跡どうしよう。湿ったのとかは、どうしたら……。
取り返しがつかないかもしれないと考えると、あの時ぶつかって来た上級生を恨みたくなった。
今からでも追って行って、後先を考えずに胸倉を掴む程の勇気が私にもあれば良かったのかもしれない。
そんなことを考えて、唇を噛んだ時だった。
「拾わないの?」
そう、声を掛けられた。
慌てて顔を上げると、いつの間にか私の前に、見覚えのある男性が立っていた。
――この人、東京駅の…!!
身長180cm弱の筋肉質で無骨な雰囲気のある男性は、睨む訳でもなくジッと目を細めて、私の目の奥を覗き込んでいた。
フードから裾に掛けて豪華なファーが縫い込まれ、シルバーのボタンすべてにブランドの紋章が入っていた。
王様コート、と私の地元ではよく呼ばれていたそれは、接待関係の仕事をしている若い男性がよく羽織っていたものだった。
ライオンの縦髪のように外に大きく跳ねた金色の髪や、程良く焼けた肌に光るネックレス。
間違いなく、以前会ったことのある人だと、私は思った。
「これ、次の講義のやつじゃん……」
まるで内緒の話でもするかのように小さく言うと、男性は腰をかがめて、私の落した資料を1枚1枚拾い集めた。
「すみません、自分で拾います、ごめんなさい!」
私も急いでその場にしゃがみこみ、乱雑に、散らばった資料をかき集める。
「美雲さん、だっけ」
くぐもった声でそう言われ、私はまた顔を上げた。
何で知っているのだろう、そう私が訊ねる前に、男性は「文学史の講義、一緒だよ」と言った。
彼もまた顔をあげ、私と目を合わせる。
少しだけ冷ややかで、それでも温かみも籠った鋭い目つきが、あの日と再び重なった。
「あの! 前にお会いしましたよねっ!」
私が緊張ながらにそう言うと、彼は少しだけ顎を引いて笑うと、私に拾った資料を手渡した。
「前にって……。文学史の講義でいつも会っているし」
含み笑いでそう言うと、男性はゆっくりと立ち上がり、それ以上は何も言わずに立ち去って行った。