かまってくれてもいいですよ?
休日
家から最寄駅までは、歩くと30分ほどかかった。

家の前の大通りにバス停があり、そこから駅まで220円の運賃で行くことができたけれど、私はあまりバスに乗ろうとは思えなかった。

最寄駅から練習場のある駅までは快速で45分ほどかかる。

降りた駅から練習場までは徒歩だと30分はかかるため、いつも迎えを寄越してもらうようにしていた。
 
改札を抜けるとすぐに、黒塗りの車が目に飛び込んできた。

私が駆け寄っていくと、窓が開き、人の良さそうなお兄さんが顔を覗かせた。
 
「美雲さん、久しぶり。お好きな席にどうぞ」
 
閉まる窓の僅かな隙間からは、クーラーの冷風が流れ出ていた。

この車の運転手は年中スーツを着ているため、夏場はこのくらいの風調が丁度いいらしい。

私は助手席に座ると、無言のまま冷房の温度を25度まで上げた。


「そう言えばボランティアツアーのお土産、まとめて買っちゃったせいでお酒しかないんだ。美雲さんはお酒、飲めたっけ?」
 
車は発進してすぐ、赤信号に捕まった。

外車特有の震動がシート越しに腰へとあたり、少しだけ心地が悪かった。
 
「未成年なので……」
 
「またまた。付き合いで飲むことくらいはあるだろう?」
 
「いえ、まったく」
 
滅多に呑みに誘われることはなかったし、誘われたとしても大抵、適当な理由を付けて断るようにしていた。

未成年だからという理由だけではない。

私は親譲りの下戸であったし、お酒は匂いを嗅いだだけでも頭痛を催す程、苦手だった。
 
「そっか、じゃあまた次のツアーの時に美雲さんでも飲めるものを買ってくるね」
 
一々飲み物で縛る必要があるのだろうかと思いながらも、私は特に返事をしなかった。

今年の春、叔父の会社に入社したというこの男性は、私とそう歳が離れていない。

高校を卒業してからしばらくバイトとして会社を出入りし、下積みの後に社員として採用されたそうだ。

免許を取ったのも下積みの期間中だったらしい。

まるで学生のようなノリに、当初は少し警戒心を持ってしまったけれど、何度か送り迎えをしてもらうようになり、そろそろ慣れてきた。
 
練習場の前で、車が停まった。私はまた無言のまま扉を開き、車外へと降りた。冷房で冷えた身体に、夏の暑さがほくりと染みた。
 
「じゃあ、また終わったら連絡入れて、駅まで送るからね」
 
男性はそう言うと、手を軽く振り、車を発進させた。
 
――何度見ても趣味の悪い車……。
 
とても堅気には見えない黒塗りの車を一瞥してから、私は屋内に足を踏み入れた。
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