かまってくれてもいいですよ?
教室へ入ると、櫻田先輩は前の方に座ってしまった。
少人数クラスだというのに、先輩方は思い思いの場所にいつも広がって座る。
そのため、教授はいつも、たった5人のためだけにマイクのスイッチを入れて講義をしていたし、プリントを配る時は悪い片足を引きずりながら教室中を歩く羽目になっていた。
私が出入り口付近に座ると、「ここ良いかな」と小声で言われた。
襟足の長い金色の髪と、透明感のある白い肌。
色素の薄いビジュアルに、一瞬だけ目を奪われそうになった。
喋り方がどことなくたどたどしく聞こえたため、余計、日本人離れした印象を受けた。
「アジマアカリです」
そう言って、先輩は机にシャープペンで「安嶌灯」と右肩上がりの字を書いた。
自己紹介をされなくても、この人のことは知っていた。
学内でも大御所と言われるフットボールサークルのキャプテンをしており、学友会の一員としてよく総会の場に顔を出していた。
行動的であることに加え、180を超える長身であるということや、恐ろしく顔立ちが整っていること、また若干の遊び癖があるということなど、目立つ要素はいくらでもあった。
目立つ割にはあまり大きな声を出さないから、無駄な威圧感は一切なかったけれど、それでも彼の言動には少々棘が含まれていると、風の噂で聞いたことがあった。
「1年の、一姫ちゃんだっけ」
いきなり下の名前で呼ばれ、馴れ馴れしさにゾッとしたものの、私は小さく頷いた。
「なんか強引に誘ったみたいになって、ごめんね」
おっとりとした口調で言われ、少し安心した。
「いえ、嬉しかったです」
「本当に?無理してない?」
そう言って安嶌先輩は小さく笑う。
私もつられて笑いそうになり、すぐに目を伏せた。
「櫻田は一姫ちゃんのこといつも気に掛けているみたいだから……」
安嶌先輩がそう言うと、離れて座っていた櫻田先輩が振り返り、こちらを軽く睨んだ。
安嶌先輩は手をヒラヒラと振ってから、指を数本突き出して、もう片方の指をそれにあてがった。
それを見た櫻田先輩は少しムッとしたような表情を作ってから、同じように指を絡めさせてトントンと叩いた。
「ハンドサイン?」
私が訊ねると、安嶌先輩はまた柔らかく笑った。
「手話だよ。もうすぐ俺ら、試験なんだ」
福祉施設への就職率がここ最近グッと上がったことを機に、数年前から手話の講義も開設されるようになったそうだ。
私は取る気にならなかったけれど、意外にも人気な講義だそうで、教室は満員御礼なのだと人づてに聞いたことはあった。
適度に手を抜きやすい講義なのだろうかと、少しだけ失礼なことを考えてしまう。
「櫻田とは、普段から話したりする?」
そう訊ねられ、私は首を横へ振った。
「たまにしか」
「でもいつもあいつから声かけるでしょ」
安嶌先輩のからかい調子な言葉に、私は薄くぎこちない笑顔を作った。
「私は、話しかけてもらえて嬉しいと思っています」
本人にはなかなか言えないことを口にしてみて、一瞬で後悔をした。
安嶌先輩と櫻田先輩があまり良好な仲でないことを知っていながら、配慮のない発言だったと思った。
けれど、私の焦りに関わらず、安嶌先輩は「そっか」と穏やかに頷いた。
講師の先生が入って来ると、私たちは机の上にルーズリーフと筆箱をバラバラと緩慢な動作で置く。
まだ30代と思われる先生は、きまって開始15分は他愛もない話をする。
先生と生徒たちとの距離はあまりなかった。
「あら、珍しい。美雲さんと安嶌君が隣りに座るなんて」
先生は私たちに視線をやり小さく笑うと、「講義を始めましょう」と落ち着いた声で言った。
少人数クラスだというのに、先輩方は思い思いの場所にいつも広がって座る。
そのため、教授はいつも、たった5人のためだけにマイクのスイッチを入れて講義をしていたし、プリントを配る時は悪い片足を引きずりながら教室中を歩く羽目になっていた。
私が出入り口付近に座ると、「ここ良いかな」と小声で言われた。
襟足の長い金色の髪と、透明感のある白い肌。
色素の薄いビジュアルに、一瞬だけ目を奪われそうになった。
喋り方がどことなくたどたどしく聞こえたため、余計、日本人離れした印象を受けた。
「アジマアカリです」
そう言って、先輩は机にシャープペンで「安嶌灯」と右肩上がりの字を書いた。
自己紹介をされなくても、この人のことは知っていた。
学内でも大御所と言われるフットボールサークルのキャプテンをしており、学友会の一員としてよく総会の場に顔を出していた。
行動的であることに加え、180を超える長身であるということや、恐ろしく顔立ちが整っていること、また若干の遊び癖があるということなど、目立つ要素はいくらでもあった。
目立つ割にはあまり大きな声を出さないから、無駄な威圧感は一切なかったけれど、それでも彼の言動には少々棘が含まれていると、風の噂で聞いたことがあった。
「1年の、一姫ちゃんだっけ」
いきなり下の名前で呼ばれ、馴れ馴れしさにゾッとしたものの、私は小さく頷いた。
「なんか強引に誘ったみたいになって、ごめんね」
おっとりとした口調で言われ、少し安心した。
「いえ、嬉しかったです」
「本当に?無理してない?」
そう言って安嶌先輩は小さく笑う。
私もつられて笑いそうになり、すぐに目を伏せた。
「櫻田は一姫ちゃんのこといつも気に掛けているみたいだから……」
安嶌先輩がそう言うと、離れて座っていた櫻田先輩が振り返り、こちらを軽く睨んだ。
安嶌先輩は手をヒラヒラと振ってから、指を数本突き出して、もう片方の指をそれにあてがった。
それを見た櫻田先輩は少しムッとしたような表情を作ってから、同じように指を絡めさせてトントンと叩いた。
「ハンドサイン?」
私が訊ねると、安嶌先輩はまた柔らかく笑った。
「手話だよ。もうすぐ俺ら、試験なんだ」
福祉施設への就職率がここ最近グッと上がったことを機に、数年前から手話の講義も開設されるようになったそうだ。
私は取る気にならなかったけれど、意外にも人気な講義だそうで、教室は満員御礼なのだと人づてに聞いたことはあった。
適度に手を抜きやすい講義なのだろうかと、少しだけ失礼なことを考えてしまう。
「櫻田とは、普段から話したりする?」
そう訊ねられ、私は首を横へ振った。
「たまにしか」
「でもいつもあいつから声かけるでしょ」
安嶌先輩のからかい調子な言葉に、私は薄くぎこちない笑顔を作った。
「私は、話しかけてもらえて嬉しいと思っています」
本人にはなかなか言えないことを口にしてみて、一瞬で後悔をした。
安嶌先輩と櫻田先輩があまり良好な仲でないことを知っていながら、配慮のない発言だったと思った。
けれど、私の焦りに関わらず、安嶌先輩は「そっか」と穏やかに頷いた。
講師の先生が入って来ると、私たちは机の上にルーズリーフと筆箱をバラバラと緩慢な動作で置く。
まだ30代と思われる先生は、きまって開始15分は他愛もない話をする。
先生と生徒たちとの距離はあまりなかった。
「あら、珍しい。美雲さんと安嶌君が隣りに座るなんて」
先生は私たちに視線をやり小さく笑うと、「講義を始めましょう」と落ち着いた声で言った。