かまってくれてもいいですよ?
講堂の出入り口前には会議用机が置かれていて、その上に総会で使う資料が重ねられていた。

予算案、という私にとって最も関心のない三文字がまっ先に目に入って来る。

「1部ずつ持って行って下さいね」という学友会の生徒の声に従って、私は後で再生紙としてゴミに出すパンフレットを一部受け取った。
 
中へと入ると、4年の先輩が駆け寄って来た。

天野心という、学内でも名の知れた上級生だ。
 
「一姫ちゃん、夏休み、どうだった?」
 
小柄で可愛くて、ふわりとした雰囲気を身にまとった先輩は、私の理想そのものだ。

長い茶髪を緩く巻いて、いつも気どりすぎない上品なカーディガンを肩に掛けている。

清涼的なシャンプーの匂いと甘い香水の匂いが程良く混じっていて、彼女が近くに立つといつも、夢心地の気分になった。
 
「ジャグリングはやっていたの?」
 
先輩に聞かれ、私は気不味い思いで頬を掻いた。
 
「夏休み中、大学が耐震工事していたじゃないですかァ…。それで敷地内に入れなくて。広い所じゃないとできないし、公園でやると子どもが寄って来て危ないから、なかなかスペースが取れなくって」
 
「そう言えば、そうだったよね。私も図書館利用しようと思って何度か大学には入ったんだけれど、あちらこちらが立ち入り禁止になっているし、音はうるさいし、夏休みは最悪だった」
 
先輩も苦笑いした後で、思い出したように言った。
 
「でも、一姫ちゃんは練習場に出入りできるんでしょ?」
 
「できるんですけれど、あそこ、うちの駅から1時間以上かかるんで、ちょっと通い辛いんスよね」
 
私の言葉に、先輩は「そっかぁ」と笑った。

2人で並んで、関係者席へと座った。

私は別に関係者でもないけれど、先輩は前期まで会計を担当していたらしく、今回の予算案にも大きく関わっているらしい。

「特等席ね」と先輩に笑い掛けられ、私もすぐに笑顔を作った。
 
「そう言えば、朝陽君帰って来たんだって。今日からこっちにも来るんじゃないかな」
 
思い出したように先輩から言われ、私は一瞬だけプリントをめくる手を止めた。
 
朝陽、という響きにいまいち馴染みがなかった。
 
「櫻田先輩ですか?」
 
私が聞き直すと、先輩は「そう」と頷く。

「1年で朝陽君と絡みあるの、一姫ちゃんくらいだもんね。朝陽君も、結構一姫ちゃんのこと気に掛けているみたいだし」

何だかむず痒い気持ちになりながら、私は再び予算案のプリントをめくっていく。

訂正が別紙で配られたため、ボールペンで二重線を引きながら、新しい数字に書き換えなければならなかった。
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