かまってくれてもいいですよ?
総会が終わり、講堂から出るとすぐ、「美雲さん!」と名前を呼ばれた。

声の主を探そうと視線を漂わせていると、背後から肩を掴まれた。

振り返ると、私とあまり身長に差のない男性と、目が合った。

彼はすぐに手を離し、「久しぶり」と先程まで緊張していた口元をようやく緩めた。

「天野さんの横に座っていたから、壇上からでもすぐに分かったよ。夏休みはどうだった?」

そう言われて、ようやく、彼が壇上で予算案の訂正について説明していた先輩だと分かった。

それ以外でも、多少講義が重なることがあり、見かけることは多々あった。

少し華奢な上、背も男性の平均程度で、喋り方も静かで落ち着いている。

あまり高圧的でないという理由から、一部の女子生徒達からの人気は高いと聞いたことはあるものの、私には悪い噂しか回って来ない。

何処かのヴィジュアル系バンドのような華やかな容姿をしているせいで、本人が意図しているかは分からないけれど、とかく目立っている人物だった。

「アルバイトしていたらあっという間でした。先輩は?」

「俺もそんな感じ。バイトか、補講かで、店と大学と家を行ったり来たり……的な。単調な生活だったよ」

そう言ってから、先輩は携帯を取り出すと、私に画面を向けた。

「今日ね、7時から新宿で呑み会があるんだけれど、美雲さんも良かったらどうかな?上級生たちが美雲さんと話したいって言ってるから、一応声掛けてみたんだけれど」

画面には居酒屋のホームページが映し出されていた。

何処にでもあるチェーン店、割とお高め。

何故わざわざこのお店を選び、新宿まで行こうと思ってしまったのだろう。

終電を逃したら家へ帰れそうにない……。

色々なことを考えながら、私は曖昧に首を傾げた。

「すみません、行けたら行きますっ!」

ふざけた調子でパッと挙手の敬礼をして、私は先輩に背を向けた。

殆ど逃げるように早足で遠ざかりながら、少しばかり頭をひねったものの、彼の名前を思い出すことはできなかった。

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