かまってくれてもいいですよ?
4限のカウンセリングの応用で、天野先輩に呑み会を欠席する旨を伝えることができた。

「誘ってくださった先輩、総会の時に訂正の説明していた方だったんですけれど、何てお名前でしたっけ……」

近くに関係者がいては不味いと思い、私は少し潜めた声で訊ねた。

「あー…あのヴィジュアル系みたいなお兄さん?」

天野先輩は彼の前髪の輪郭を指で描きながら首を傾げた。

私がコクコクと頷くと、「晃君だよ、後郷晃。3年生の子」と教えてくれた。

「今日の呑み会、櫻田君の帰国祝いみたいなものだから。彼としては一姫ちゃんを呼んで自分を立てたかったんじゃないかな」

その口ぶりから、後郷先輩と櫻田先輩の仲があまり良くないということが薄っすらと伝わってきた。

片やガテン系グループの一員、片やヴィジュアル系の優等生。

肩書もルックスも、あまりにかけ離れていた。

妙に納得をしながらも、後郷先輩には多少悪いことをしたと思った。

「全然気にしなくていいからね。3、4年で揉めているだけで、後輩が気に病むことでは全然ないからね」

天野先輩がそう言った時だった。

「何を気にしなくていいの」

背後、というよりもほとんど頭上と言ってもいい位置から、懐かしい声が聞こえた。
 
私が振り返る前に、天野先輩が「おかえりー」と格段と甘い声で言った。
 
私がおかえりなさいと言う前に、大きく骨ばった手が、私の両肩に置かれた。
 
「ただいま」
 
ほとんど無声音と言ってもいいほど、小さく低い声が、頭上でまた聞こえた。
 
櫻田朝陽先輩が、キャンパスに戻って来た日のことだ。
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