やさしい恋のはじめかた
1.上手くいかないお年頃
 
「あー、また髪切ったでしょ!」


一週間の中で一番憂うつな月曜日、社員食堂で自作のお弁当を広げていると、同期で親友の清水雪乃が、大きな声を上げながらカツカレー定食のお盆を持ってツカツカと歩いてきた。

ちなみに彼女は痩せの大食い。

間違いなく大盛りをオーダーしているはずだ。

そんな雪乃は、バツが悪い笑みを浮かべる私の向かいにストンと腰を下ろすと、若干の非難の目を向けながらスプーンを持ちつつ言う。


「……ねえ、里歩子さあ、その癖、いい加減にどうにかできない? 自傷行為だって何回も言ってるよね、私。危ないから、それ」

「でも、今回は前髪だけだよ? しかも揃える程度にちょこっとだし、ていうか危なくないから。自傷行為でもないし、通常運転中です」


だから私は、スプーンと反対の手で指さされた額の辺りに手を当て、軽くなった触り心地を確かめるように数回撫でつけると反論する。

いつもこうして心配してくれるのはありがたいんだけど、そこまで私は病んでいない。

自傷ってもっとこう、痛みを伴うもののはず。

私のはただ髪を切るだけで痛みも伴わないし、枝毛の心配なんていらないから、むしろ一石二鳥くらいに言って欲しいのだけども。


「あのね、通常運転の社会人がしょっちゅう髪を切るわけないでしょ。普通はもっと間隔空くよ? 少なくとも2~3ヵ月くらいは」


しかし、雪乃は引き下がらない。

だから私も引かない。
 
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