やさしい恋のはじめかた
にっこり笑ってとんでもないことを言う。
「いやいや、まさか。尊敬してますよ」
飲みかけていたビールを危うく吹き出しそうになったけれど、なんとか堪えて当たり障りのない受け答えでその場を乗り切る。
嫌いじゃなくて、その逆ですよ、稲塚くん。
“3年”という情です。
もう4ヶ月くらいご無沙汰だし、このままのペースで大海が仕事の付き合いを優先させれば簡単に半年になってレスに拍車がかかりますよ。
少しアルコールが入って頭の中のストッパーが緩み始めているのか、私の脳内ではなんともはしたない思考回路が巡り始めている。
「ほんとですか〜? この際だからお酒の力も借りて本当のことをぶっちゃけちゃってくださいよ。ここだけの秘密にしておきますから」
「なに言うの。私が主任に憧れて幻泉堂に入ったって知ってるくせに。そういう意地悪言う稲塚くん、あんまり好きくないよ?」
「へへ、すいません」
仕事の話から一変、今度は主任の話で盛り上がってしまう。……まあ大海はどこでも話題にされるような有名な人だから、それも仕方ない。
稲塚くんだって、なんだかんだ言いながらも大海の話を楽しんでいるようだし、それだけ“河野大海”という人間が好きなんだと思う。
「あと、ここはおでんも最高なんですよ」
そう言って店主の強面オジサンに適当におでんを注文する稲塚くんはすっかりいつもの快活さを取り戻していて、昼間の大海との衝突なんて微塵も感じさせないくらい機嫌が良かった。