やさしい恋のはじめかた
「そんなこと言われても、切りたくなっちゃうんだから仕方ないじゃない。桜汰くんも言ってくれるてるよ、いつでも切りにおいでって」
「いや、そうじゃなくて。髪は女の命って言うくらいだし、私はもっと里歩子に自分を大事にして欲しいって言ってるんだよ。ストレスの発散方法なんていくらでもあるんだからさ」
「私には、桜汰くんに髪を切ってもらうのが一番のストレス発散法なの。10年もそうなんだから、今さら代わりなんて考えられない」
言って、この話はもうおしまいだというようにお弁当に箸をつけると、長く不機嫌な溜め息が向かいの席から聞こえてきた。
……雪乃、あからさますぎだってば。
でも、ありがとう。
分かっている、自分でも。
ちょっと異常なんじゃないかって。
仕事で煮詰まったとき、上手くいかないとき。
結婚を現実的に意識している私とは違って、まだまだ独身を満喫したい年上の彼氏に、それをのらりくらりとかわされたとき。
そのほかにも、無性にむしゃくしゃしてしまって、自分じゃ手に負えなくなったとき、私はいつも桜汰くんに髪を切ってもらっている。
もう10年。それくらい長い付き合い。
その間、桜汰くんは、時に励まし、時に慰め、とびっきり優しかったり鬼のように厳しいことを言ったりしながら私の髪を切り続けている。