やさしい恋のはじめかた
 
ただ、一つだけ不満を言わせてもらえるとしたら、桜汰くんは絶対に私に髪を染めさせてはくれない、ということだったりする。

桜汰くん曰く『里歩子の髪は黒くて艶があってすごく綺麗なんだから染めたりなんかしたら勿体ない』のだそうで、栗色の髪の毛に憧れていた私は、髪を褒めてもらって嬉しかった半面、とてもガッカリしたことを今でも覚えている。


そんなわけで、私の髪は今日も桜汰くんによって毛染めによる髪の痛みから守られているわけだけれど、いかんせん28歳ともなれば“白いアイツ”の出現にビクビクせざるを得ない。

私の心労は、何を考えているか分からない大海のこと、仕事で行き詰まっていることに加え、ついには老化現象についても始まっていて、なかなか心配事が尽きない日々なのだ。


「ねえ桜汰くん、私、そろそろ生えてきてない? ちょっと染めたほうがよくない?」


そんな私は、前髪のカットが終わり、目を開けたタイミングで彼に訊ねてみることにした。

真っ黒な髪の毛なら尚更目立つだろう。

それならいっそ、ちょっとだけ明るめに髪を染めたほうが何かとカモフラージュになるだろうし、全体の印象も変わるだろうから、一石二鳥っぽいと思うのだけど……。

そろそろ私に心労を一つ減らさせてください。


「そんときは俺が切ってやるから」

「……はい?」

「生えてない生えてない、まだ大丈夫」


けれど、桜汰くんときたらこれだった。
 
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