やさしい恋のはじめかた
にべもなくそう言い、口をあんぐりと開けている鏡の中の私に向かってニッコリと笑い、空中でハサミをチョキチョキさせる。
切ってやるって、一本一本白髪を見つけてそれを短くカットするって意味じゃないよね……?
ただでさえチマチマとしていて根気がいる作業なのに、もしも雨後の筍みたいに一気に増えたらどうするの。対処しきれなくない?
しかし、鏡越しに胡乱な目を向けていると、そんな私と目が合った桜汰くんは言うのだ。
「里歩子なら白髪も綺麗なんだろうな」
「はっ!?」
「いちいち切るの面倒くさいから、もし仮に今後見つけたとしても放置ってことでいい?」
「ちょっ、何言ってるの!?」
なんてこと言うの、あなた美容師でしょう!
気になってるって言ってるんだから、そこは美容師らしく「そろそろ染めてみてもいいかも」とか「しっかりカットしてやるから」とか、お世辞でも言えないものなんだろうか……。
「もういい。自分で抜くしっ」
そう言って不機嫌に頬を膨らませた私を見ても桜汰くんは可笑しそうにケタケタ笑うだけで、私の頬はますます膨らんでいく一方。
10年のつき合いって、こういうもの? なんだかお客様としての尊厳が失われているような気がするのだけど、これって私の気のせいかな?
それでも、バカなやり取りをしているうちに私の気持ちはいつの間にか上向きになっていて、店を後にする頃にはすっかり元気になっていた。