やさしい恋のはじめかた
 
帰り道、ふと、私にとっての桜汰くんの存在って何なんだろう?と疑問が湧いて、思わず電車を乗り過ごしそうになってしまった。

一人であわあわしながら電車を降り、少し落ち着いたところでまた考えてみる。


私にとっての桜汰くん--。

10年もの間の私の専属美容師で、社会人としての先輩で、仕事熱心で向上心が旺盛で、人一倍頑張り屋さんで、すごく尊敬している人。

私のことを本気で思って叱咤激励してくれて、桜汰くんじゃないと髪を切っても元気になれないし、桜汰くんとバカな話をしていると自分の悩みなんて小さく思えてきて、桜汰くんだから話せることがたくさんある唯一無二の人。

なんていうんだっけ、こういうの。

お兄さん的存在でもないし、師匠でもないし。


「ああ!……ヒーローだ!」


突如閃いたぴったりな言葉に、往来の真ん中なのに思わず大きな声を上げてしまう。

すれ違う人に怪訝な表情で見られて何とも言えない恥ずかしさが込み上げたけど、奥歯に物が詰まっているような感覚だったから、それが取れてすっきりできたので結果オーライだ。


桜汰くんは“手の掛かる妹”くらいにしか思っていないだろうけど、そんなポジションもいい。

10年、そんな間柄なんだから、きっとこの関係はこれからも変わることのないものなんだろうし、むしろそのほうが居心地がいい。

私はこれからも桜汰くんに髪を切ってもらえれば、それだけで十分元気になれるのだから。
 
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