やさしい恋のはじめかた
いつも遅れてくることのほうが多い大海は今日は先に来ていて、「こちらです」と店員さんに格子状の盾で仕切られた席へ案内された私を、先に少しお酒を飲みながら迎えてくれた。
向かい合わせの席に座った私を見て、お猪口を置いた大海は少し疲れた顔でふわりと笑う。
「急にごめんな、予定入ってなかった?」
「ううん、大丈夫。大海こそ疲れてない?」
「俺は全然。平気」
店員さんがお冷やお通しを置いていく間に短いやり取りを交わし、店員さんの去り際に「私にも同じものを」と日本酒をオーダーする。
大海はお酒はなんでもイケる口だ。
つき合ってきたこの3年で私も随分色んな種類のお酒を飲めるようになり、また強くなった。
仕事上お酒は飲めたほうが何かと便利なこの業界は、最初こそ戸惑うことばかりで『こんなの広告代理店の仕事じゃない』と思うこともしょっちゅうだったけれど、慣れてきたら、相手先とのお酒の席はそれはそれでとても重要な“仕事の場”なのだということがよく分かる。
接待はそんなに好きじゃない。
だけど、仕事を円滑に進めるための潤滑油になるということは、大海や堂前さんら他社員と行った数多くの接待の席で嫌というほど学んだ。
「今日は上谷部長がいきなりごめんな、まさか凛子さんまで連れて乗り込んでくるとは思わなかったんだ。……里歩子も噂で知ってると思うけど、前から部長に見合いを打診されててな」