やさしい恋のはじめかた
「でも……っ」
「でもじゃない。里歩子は頑張った。頑張った証が、その髪だ。それに、美容師の彼だって、里歩子が自分が切った髪をぞんざいに扱ったってわかったら悲しむよ。……いいか、里歩子。里歩子自身がどう思おうと、里歩子はよく頑張った。俺が言うんだから、そう思えばいい」
「っ――」
すると、さらにそう諭されて、その瞬間、喉の奥がヒリヒリと焼けるように熱くなった。
こらえきれずに頬に熱いものが流れていって、ぽたりぽたりと、それが服に沁み込んでいく。
「甘すぎるよ、大海。こんな私に、本当に甘すぎる……」
あの日の桜汰くんと同じような台詞を、どうして大海が言うの。
私が一方的に話すのを聞くだけで、特に面識があったわけでもなかっただろうに、よりにもよって、なんで今。
なんで大海が、それを言うの。
精神的な浮気なんて、もう別れるレベルなのに。
それなのにどうして、ずっと傷つけ裏切り続けていた私に、そんな優しいことが言えるの。
「それくらい里歩子が好きだってことだよ。こんなに髪が短くなっても、こんなふうに自分を責めて里歩子が泣いても、それでも手放したくないくらい、本当に好きで好きで仕方がない」
けれど大海は、とめどなく頬を伝い落ち続けるそれを何度も何度も丁寧に拭ってくれながら、そう言って私の髪にひとつキスを落とす。
そのキスは、私にはあまりに優しく、密やかで甘やかで。
だからこそ、もうダメなのかもしれないという私たちの予感を切なく助長させるには十分だった。