やさしい恋のはじめかた
「でも私は、それでも楽しいよ、この仕事。雪乃もそうだから、働いてる部分も大きいんじゃない?」
「まあ、うん、そうだね。うちの会社で作った広告が巨大ビルの壁一面に貼られてるのを見ると最高に気分がいいし、それを見た人が〝すごい、すてき〟って言ってくれてるのを聞いた日なんか、自分のことみたいに誇らしいし」
「うん。それ、すごくわかる」
この世界はこういうもの。
そう思っていても割り切れないものもあるし、割に合わないことも多い。
生理が不規則になってしまったことは、そこまで自分で自分にストレスをかけていたからとしか言いようがないけれど、それでも結局、ふたりともこの仕事を続けているということは、単純に好きだからなんだと思う。
人の喜ぶ顔が好き、笑った顔が好き。
見る人をあっと驚かせたい、癒したい、応援したい、元気にしたい。
そういう気持ちが私たちの一番の原動力になっているからこそ、雪乃も私も、会社の愚痴はこぼせど本気で辞めたいなんてちっとも考えていないんじゃないだろうか。
「まあ、とにかくさ」
大泣きして落ち着いたらしい雪乃が、テーブルにコトリと缶を置いて居住まいを正した。
私もなんとなく居住まいを正しながら「うん」と返事をすると、赤い目元をふにゃりと緩めて彼女は言う。
「桜汰くんと主任と、それともうひとつ。あのことも納得いくまで考えて答えを出してね。私は、どんな答えでも、それが里歩子が一生懸命考えて出したものだってわかってるから、笑って『うん』って言うよ」