やさしい恋のはじめかた
 
「ねえ、今日は泊まっていくでしょ?」


今さらながら尋ねると、雪乃が「もちろん」と言って、持ってきた鞄の中から洗面道具やらタオルやらを取り出し、にっかりと笑った。

やけに膨らんだ鞄だなと思っていたけど、まさか中身はこれだったとは……。

この日の夜は、雪乃の用意のよさに少しだけ呆れると同時に、彼女の心根の優しさに改めて友情の深さを知った夜だった。





それからまた、一週間と少し。


「本当にいいのか? 未練はないのか?」


自分からこの話を持ちかけてきたくせに、今さらになってこっちが面食らってしまうくらい不安げな表情で尋ねる大海に、私は自信を持って「はい」と頷いた。

これは上司と部下としての話。

うん、なんて返事は、ここでは必要ない。


「はい、ってそんな簡単に言うなよ。よく考えたのか? 新しく新設される部署に行ったら、里歩子はもう俺たちのサポートをするだけになる。……本当にそれでいいのか? もう一度聞くけど、未練はないのか?」


それでもなお納得がいかなさそうに質問を重ねる大海は、本当に最高の上司だ。

その気持ちが、どんなに私を後押ししてくれるか……。

ふと苦笑がもれそうになって、慌てて表情を引き締める。


ここ二週間ほど、ずっとずっと考えていた。

私の能力を活かせるのは、もしかしたらこっちなんじゃないか――ううん、堂前さんのアドバイスを借りるなら、私の能力が発揮できるのはのはこっちだ、って。
 
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