やさしい恋のはじめかた
それでも大海は、急かすようなことも態度が変わるようなこともなく、以前と同じように接してくれる。
むしろ、本音を言い合ったあとだからこそ、今まで気づかなかった優しさに気づいた場面も多く、あらゆる面から私を支えてくれていたことを今さらながら痛感した。
上司として、恋人として。
それは、部下であり恋人でもある私より、ずっとずっと難しい立ち位置。
それを3年も続けてくれていた大海の優しさは、その名前のとおり大きな海のようにどこまでも広く、包み込むような深さがあった。
「……で、ここからはプライベートな話だけど」
ひとつ息をついた大海に言われて「うん」と返事をする。
終業後の休憩室は、人もいなくがらんとしていた。
自販機の低く唸るようなモーター音と壁時計の秒針の音だけが静かに空間を包んでいる。
異動の話は内密というほどのものではないけれど、新しい部署が立ち上がることが正式に発表になるまでは、部署内での混乱を避けるために限られた人にしか話は通されていないので、自ずと場所を選ばなければならなかった。
私ひとりが抜けても大して変化はないような気もするものの、大海と私にはそのほかにもふたりで話をしなければならないことがあるので、終業間際、大海に「コーヒーでも飲むか」と誘われたときは、もうひとつ話をしなきゃいけないなとずっと思っていたにも関わらず、少しだけ肩が震えてしまった。