やさしい恋のはじめかた
「……どういうこと?」
思いがけない言葉に雑巾を持つ手が止まり、ちょうどふたりして床に膝をついてコーヒーを拭いていたところだったから、テーブルの下で目が合う。
一心不乱に床を拭いていたから気づかなかったけれど、大海との距離は、とても近かった。
「今までの里歩子にはふたりとも必要だったってことだと思う。俺と彼との間を行き来しながら、そうやって必死にバランスを取ってたんだよ、里歩子は」
「……え」
「あのとき里歩子は、浮気だなんてたいそうな言葉を使って自分を責めていたけど、そうしないとやっていけないほど追い詰めたのは俺で、救っていたのは彼だ。だから感謝してるんだ、本当に。……俺だけじゃどうにもならなかった」
「そんな……っ」
雑巾を握りしめながら、違う違うと首を振る。
そうしていると、どんどん自分が不甲斐なくなって、涙も出てきて。
もうまともに大海の顔を視界に入れられなくなって、最終的に逃げるように床に視線を落とした。
私が変に強がっていたからこうなってしまったのに……。
雪乃も、縋って泣かせてもらったときの桜汰くんも、そして今、こんなことを言う大海も、どうして誰も私を責めないのだろう。
責めてもらったほうがどんなに楽か。
誰かひとりでもそうしてくれたら、どんなにいいか。
「……誰か私を責めてよ」
そう絞り出した声は、この二週間の間、胸の中に溜まり続けていた、私の心からの本音だった。