たとえば呼吸するみたいに




「だって、だってねぇ、」

「ヒメ!」



強い声で名を呼ばれて、腕を振り下ろすようにして払われる。

そのくせ、びくりと跳ねた肩を玲の手が優しく撫でるんだ。



振り払っておきながら、こんな風に甘やかす手つきで触れるのはずるいよ。

……ずるいよ。



「頼むから……っ。
先に、帰っててくれ」



その手にもう1度触れようとそっと手を伸ばすも、呆気なくすり抜けるとあたしから逃げ出して。



「気をつけて帰れよ」



そう言って、玲は切なげに瞳を細める。



そしてその表情の意味を考える前に、瞬きほどの短い時間。

彼はあたしの頭をくしゃりとかき混ぜるように撫でた。



踵を返して歩き出す玲の背中を見つめる。

あたしの足は動かない。



「れ、い」



小さくなっていく。

ゆらゆらと、揺らいでしまう。



「置いて、行かないで……っ」



あたしの言葉はもう、届かない。





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