恋愛格差
手を繋いで歩く帰り道の二筋入ったところ。
素敵なフランス料理の店の一席で、白ワインとオードブルを楽しんで……いるのは優。
私はさっきの三池さんの言葉を考えていた。
「透子、俺のこの海老のテリーヌ、めちゃくちゃ美味しい。」
と言って、自分の皿から少し切り分けて私の皿にのせてくれた。
テリーヌが美味しいのか、ワインが美味しいのか、はたまた私と食事している事が嬉しいのか、上機嫌だ。
まぁ、優なら躊躇いもなく「透子がそこに居るから」とのたまうだろう。
「ねぇ……優って国立大だったよね。」
「ん?あぁ……T大だけど……なんで?突然だね?」
T大は誰もが知る有名国立大。
そんじょそこらの偏差値では入れない。
「最初から志望はそこだったの?」
「いや、3年の途中から成績が上がって、ワンランク上の大学進められたから。」
やっぱり、この男は凄い。
確かビデオ撮られた事件の後、ゆかりさんに知られていた地元の大学からワンランク上の国立大への合格ラインまで成績をあげたんだ。
普通なら勉強なんて手につかないはず。成績は急降下するだろう。
そして今回、再びトラウマになったゆかりさんの登場でガタガタになった社会生活に終止符をうつのかと思いきや、自分のランクを上げる会社へと就職が決まっている。
しかもいずれは転職を……と指標を立てていたという。
彼は危機的状況もすべて予想済み……としか思えないほどどんでん返しが上手い。
となると、私が優の元に戻ってくるってのもまさかの予想済み……とか?
じゃあ……強盗も優にとって想定内……??
どんどん「まさか」が頭の中に増えていく。
頭は抱えていないものの、混乱が私の顔色に出ていた様で
「透子、気分悪い?」
心底心配そうに私の顔を覗きこむ。
「だ、大丈夫」
その笑顔は大魔王に見えてきた。
「大学がどうかしたの?」
「い、いや?なんでそんなに良い大学に入れたのかな~と思って……」
「え……まぁもともと進学校だったしね。ゆかりさんに注いでたエネルギーが行き場をなくして、ガムシャラに勉強したよな。地元から離れたかったし。成績が上がると家族も先生も喜んでくれて、やっぱり元の生活が俺の居場所だったんだと思いたくて。」
あ………………
大魔王だなんて思ってごめん。
高校時代の優がそんな目に合うことを予測できた訳じゃないのに、私はなんて疑り深い心の狭い女なんだろう……。
「でも正解だった。その大学で知り合った先輩が起業して成功したから呼んでもらえたし。」
「あ!三池さんから聞いたけど、それって前から誘われてたんだって?
いつそこに移るのを決めたの?」
「誘われてたのは何年も前だよ。具体的に考え始めたのは……去年の夏過ぎ?」
……ゆかりさんと再会する前!?
ということは、ゆかりさんがらみのトラウマに拘わらず、優はステップアップをする予定だった。
うちひしがれて東北へ逃げ込むって言ってたよね?
抗議の声を上げようとした。すると
「もともと透子を連れて行くつもりだった。だけどゆかりさんの事があって、透子が俺から離れるようになった。俺もトラウマから透子を抱けなくなってたし、プロポーズするには今の状態は悪すぎると思ってた。
ゆかりさんとは関係なかったけど、過去は俺にとったら抹消したいものだし、透子に言えなくてそれが辛かった。
早めに仙台に行く方がいいと判断して先輩にお願いしたんだ。ほんとは本社移転してからでもいいと言われてたのに。
で、取り合えず4月ということになって、期限が迫ってたから仙台には行くことにして、半年後こっちに戻ってきて自分に自信がついたらプロポーズするつもりだった。」
目の前の余裕綽々な姿、それが無性に腹立って眉間にシワが寄るのがわかった。
「私たち、別れてたよね?仙台に行ってるその間に私が他の人と付き合ってたらどうするつもりだったの?」
「え?有り得ないよ。怪しいそぶりしたら新幹線で帰ってきて連れ去るつもりだった。」
「どこで確認するのよ、私の行動を。」
「もう、俺のものになってくれることが確定だから……いいか……」
と、スマホの画面を私に見せた。
「何これ?」
「証拠写真。ちゃんとつけてくれてたんだね。」
よく見ると会社の事務所を写した写真。遠くで私とミキちゃんが写っている。
私の左手には指環が確かに光っていた。
「だ、誰が!あっっ」
「そう。三池さん。つけてなかったら速攻電話する予定だったけど、必要なかった。」
ニヤリともニコリともつかない笑顔を向けた。
「ほんと、良くしてくれたよ。もちろん、俺が業界の噂話やらなんやら時々流してあげてたから……彼、のんびりしてるけどちゃんと仕事取ってきてたでしょ?」