恋愛格差

それからまた時間が経って、もうブーツを履いていたつま先まで凍ってきたように思う。

「何時……」

腕時計を確認すると9時半。

30分しか経ってない。
もう永久に待ってる気になってくる。
でも、せめて10時半ごろまでは待ちたい。

この時間までにスナック勤めの人や同伴のカップル、お客さんもちらほらと通りすぎ、このビルに入っていった。

どの人が「市原ゆかり」さんだったんだろう。

みんな、私を怪訝そうに見て通りすぎた。
このままじゃ通報されそうだ。

はぁ……

優のマンション前で待ってた方が怪しいよね。きっと。

どうしようかと顔をあげた時、少し向こうに見知った顔がこちらを向いていた。

「……すぐる」

すごく疲れているように見える。
だけど、以前にここで見たようにくたびれた様子はない。
私を見てものすごく驚いて声も出せないようだ。

私は凍る足を一歩踏み出した。

すると優の顔が強張り、視線をそらした。

「優?」
気付かなかったが横に女性が立っていた。
優の腕に手を添えて、「あら?お知り合い?」

とても綺麗で派手目の女性。
おそらくこの人はホステス。
お化粧がOLとは違う。完全に夜の化粧だった。

彼女の香水の香り……

離れた私にまでは薫ってこない筈なのに、
記憶にある香水の香りが私の体を硬直させる。

直感だけど……この人が『市原ゆかり』さん……

この人が優の隣で歩いているのを目の当たりにし、押すも引くもできない私は優を見たままただ、立っているだけ。
そんな私が知り合いなのは疑いようもない。

私から目をそらした優を見ると

「あぁ……取引先の事務員さん」
と私を紹介した。

「こんなとこで、奇遇ですね。」
と、今まで使ったことのない敬語を使って私に話す。

誰?この人……

「じゃあ、また。社長によろしくお伝えください。」
ペコッと頭を下げて
「ゆかりさん、行こうか。」
と彼女の背中を押した。

「え?えぇ……じゃ、失礼します。」
彼女は私の様子を訝しげに思っていたのだろうが
そのまま優と店に入っていった。



そこに残された私。

何?何が起こった?

私の頭は完全に停止していた。












< 76 / 124 >

この作品をシェア

pagetop