恋愛格差
それからまた時間が経って、もうブーツを履いていたつま先まで凍ってきたように思う。
「何時……」
腕時計を確認すると9時半。
30分しか経ってない。
もう永久に待ってる気になってくる。
でも、せめて10時半ごろまでは待ちたい。
この時間までにスナック勤めの人や同伴のカップル、お客さんもちらほらと通りすぎ、このビルに入っていった。
どの人が「市原ゆかり」さんだったんだろう。
みんな、私を怪訝そうに見て通りすぎた。
このままじゃ通報されそうだ。
はぁ……
優のマンション前で待ってた方が怪しいよね。きっと。
どうしようかと顔をあげた時、少し向こうに見知った顔がこちらを向いていた。
「……すぐる」
すごく疲れているように見える。
だけど、以前にここで見たようにくたびれた様子はない。
私を見てものすごく驚いて声も出せないようだ。
私は凍る足を一歩踏み出した。
すると優の顔が強張り、視線をそらした。
「優?」
気付かなかったが横に女性が立っていた。
優の腕に手を添えて、「あら?お知り合い?」
とても綺麗で派手目の女性。
おそらくこの人はホステス。
お化粧がOLとは違う。完全に夜の化粧だった。
彼女の香水の香り……
離れた私にまでは薫ってこない筈なのに、
記憶にある香水の香りが私の体を硬直させる。
直感だけど……この人が『市原ゆかり』さん……
この人が優の隣で歩いているのを目の当たりにし、押すも引くもできない私は優を見たままただ、立っているだけ。
そんな私が知り合いなのは疑いようもない。
私から目をそらした優を見ると
「あぁ……取引先の事務員さん」
と私を紹介した。
「こんなとこで、奇遇ですね。」
と、今まで使ったことのない敬語を使って私に話す。
誰?この人……
「じゃあ、また。社長によろしくお伝えください。」
ペコッと頭を下げて
「ゆかりさん、行こうか。」
と彼女の背中を押した。
「え?えぇ……じゃ、失礼します。」
彼女は私の様子を訝しげに思っていたのだろうが
そのまま優と店に入っていった。
そこに残された私。
何?何が起こった?
私の頭は完全に停止していた。