甘えたがり煩悩
そんな話をつらつらしている間にも、文芸部の部室はすぐそこまで迫ってきていた。
部室の目の前には、ぽつんと、開かないドアの前で立っている人が一人──ではなかった。隣に、べらぼうに可愛い女の子が、立っていた。
柔らかくまかれた髪も、男なら思わず守っちゃいたくなりそうな小動物っぽい小さな肩も、どこもかしこも可愛い子だった。後輩くんはその子に話しかけられては、一言二言、優しい笑みを浮かべて返していた。その笑みに、頭のてっぺんから足の先まで溶かされてしまったみたいに、頬を赤らめる女の子。
これは話しかけないほうがいいな、と思って思わず、桶川くんの袖を引っ張って、戻ろうとした、その時。
「──先輩、いつからそんな男に媚を売るような仕方、覚えたんです?」
「うがっ」
遅かった。
すでに、身を翻していた身体を引き留めるように、腕を掴まれ、私にしか聞こえないような小さな、それでいて思わず身体が凍えるような冷たい声が、耳元で囁く。ぎぎぎ、と壊れかけのロボットみたいなぎこちなさで振り返る。
「随分と遅かったじゃないですか、先輩?」
「そ、そうかなア」
「心配しましたよ」
「あははは、ごめんごめん」
あくまで、後輩の口元には笑みが浮かんでいた。そりゃあもう、王子様って言われるに足る、甘い甘い笑みが。うん、目が死んでなかったら満点だったのにな! 怖い、怖いよ後輩くん! 目からレーザービーム出てるよ後輩くん!
すると、後ろからさっき話していた女の子が小走りにやってきて、後輩くんの隣に立った。