甘えたがり煩悩
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文芸部の部室には、時計の針の進む音が響いていた。
いつものような軽口のやりとりはなく、私はいつもの定位置に、なぜか後輩くんはドア側に椅子を移動して、鞄の中から取り出した分厚い文庫本を広げていた。どことなく気まずい。かくいう私は、今まで部活動中に部活動をしたことがないので、当たり前のように鞄の中に本はない。
いつも、部活中は後輩と会話に花を咲かせるのが、恒例だったから。
顔を伏せているから、後輩くんの表情は読めないが明らかに不機嫌なのは、ページをめくる荒々しさから見て取れる。
地獄のような時間だった。いつもように、後輩くんが腕時計に視線を落とす。私はほっと息を吐いた。それが帰りの合図だったからだ。
私は強張った肩からゆっくり力を抜きつつ、立ち上がる。机に置いた鞄を肩にかける。そして、のそのそとドアまで行き、開きかけ、ようやく帰れるーと自然的に笑みが浮かんだ、その時だった。
「──誰が帰っていいっつったよ」
ドン! と激しく音が鳴る。その音は、廊下に出ようとした私を通せんぼするように、伸びてきた足がドアのふちに叩きつけた音だった。しまった、だから後輩くんはわざわざ椅子を移動して、ドアのそばに座っていたのか。私を帰さないために。