甘えたがり煩悩
そして、その日の放課後。
「いない、な」
よし、と確認して私は行き慣れた廊下を猛ダッシュする。滑るスリッパに気を取られながらも、私は文芸部の部室の前に立ち、手慣れた動きで錆びついた鍵穴に鍵をぶっさし、ごりっと勢いよく回す。
よし、ミッションコンプリート!
これなら、後輩くんも部室に入れるし、私は後輩くんに会わなくて済む。我ながら馬鹿だとは思うが、これが後輩くんと顔を合わせない唯一の良策だと思ったのだ。少々、鍵穴から抜くのには手間取ったが、ドアを開けて、開いてますよアピールをした後、立ち去ろうと後ろを振り返ろうとした時だった。
突然、どん、と後ろから背中を押された。思わずそのまま前のめりになり、部室の中へ。
がちゃりと不吉な音がして、何事と後ろを振り返る前に、後ろから温かいものに包まれる。抵抗なんて許さない、そんな意味が込められているみたいにぎゅう、っと強く。
「もう、俺の顔見たくないんじゃ、なかったです?」
怒りに満ちた、それでいて寂しそうで、焦っているようで、よく分からない感情がいっぱい詰まった声が、耳元で囁いた。
「な、ちょ、……は、離して!」
「五月蠅い」
じたばた暴れる私を取り押さえるように、もっと強く、彼は私を強く抱きしめる。
なんで私はこいつにいいようにされてるんだ。怒ってるのは、私のほうなのに。私が怒ってるのに。なんで、こいつも怒ってるんだ。
清々しただろうに。大っ嫌いな私がいなくなって、部室だって一人でのびのび使えて。他に、何が不満だっていうのか。
後輩くんは、小さく安堵のため息を付きながら、私の首筋に頬を剃り寄せて、掠れた声で呟いた。
「もう、来てくれないのかと、思いました」
「……え……?」
「先輩、怒らせちゃったから、もう来てくれないんじゃないかって、」
なんなんだ。
どうして、こんな心の底から心配していました、みたいな事を後輩くんが、言うんだ。