甘えたがり煩悩
感情がぐちゃぐちゃになって、勝手に鼻の奥がじんとする。
泣きたくなんて一ミリもないのに、涙がぽろぽろでてしまう。出てしまったものはもう、戻しようがない。
「どうして、そんなこと言うのっ。この、後輩くんの、卑怯もの!」
「先輩」
「っ、私のこと嫌いなくせに!」
「嫌いな奴に、こんなことするほど馬鹿じゃないですよ」
「ほら! そういうの!! ほんとずるいよ、後輩くんは」
痛いくらいに抱きしめられていた腕を突き放して、私は息苦しいくらいに声を上げた。
「そんなこと言われたら、どんどん好きになっちゃうの! 後輩くんのこと!!」
数秒間を置いて、ぽかんと口を開いた後輩くんが口を開く。
「……え? 俺のこと好きなんですか?」
じいっと見つめる後輩くんの瞳に、私の情けない顔が反射している。
あれ、今私……勢いに負けてすごいこと口走らなかった?
思考停止の魔法から溶けて、ようやく我に返ったその瞬間、やかんが沸騰する勢いで私の顔が熱くなる。
「───はッ、ちが、今のは!」
「違うんですか?」
「違うくなくはないけどっ、違うの!! いいい今のは聞かなかったことに」
「させませんよ、そんなこと」
ぱちん、と音が鳴るほど強く、後輩くんの手で両頬を挟まれた。
逃げ場所はもう、どこにもない。
私は、後輩くんから目が逸らせない。
「いいですか、一回しか言わないんで、耳の穴かっぽじってよーく聞いてください」
一呼吸おいて、少しだけ頬を赤くした後輩くんが口を開く。
「先輩が好きです」
「ぇ」
「ちょっと馬鹿なことも、お人好しなことも、ちょろいところも、口悪いとこも、クソ鈍感なとこも、」
「まって、」
「全部、全部、好きなんです!」
唐突に押し付けられた情報量で、脳みそがパンクしてしまいそうだった。
頭の中で、後輩くんの言葉がぐるぐる回って、それをようやく理解したとき───私は、思わず首を逸らして、両手で自分の顔を覆い隠した。
「……何してんですか」
「み、見ないで。今たぶん、すごい顔、してる」
「見せて」
「絶対、やだ!」
「ふうん? 強情ですね、いいですけど」
猫みたいに機嫌よく喉を鳴らした後輩くんは何を思ったか、私の脇腹を擽り始めた。こそばゆい感触が背筋を駆け巡り、私はとうとう覆い隠していた手が外れてしまう。
まずい、見られる───とっさに私はもう一度自分の手を顔までもっていこうとするが、そうは問屋が卸さない。悪魔の手は、びっくりするほど俊敏に私の両手首を捕らえた。
上せあがった顔を伏せて、何とか隠してみるけれど、後輩くんにそんな抵抗は通じるわけがない。
耳元に寄せられたそれは、砂糖なんかよりもずっと甘い声だった。
「先輩の顔、見せて?」