甘えたがり煩悩
甘えたがり煩悩
俺が、鍵を掛けられない理由は二つある。
「あ、遅かったね」
「先輩は相変らず早いですね」
「じゃなきゃ怒るのは誰だよ」
「社会勉強のためだと思ってください」
「後輩に尽くす勉強のどこに役立つ術が!?」
「彼氏に尽くす術なら」
「……」
文芸部のドアを開けて早々、先輩はその言葉に面白いくらい顔を真っ赤にして机に突っ伏す。誤解なきよう言っておきたいが、俺が先輩をからかうのは、こうやって帰ってくる反応が可愛いから。
俺はいつものように、いつもの定位置に座る。それをじいっと見て、それから先輩は当たり障りない言葉を並べて、談笑しはじめる。
俺が鍵を掛けられない理由は二つある。
一つは、部室を開けたとき、先輩にすぐに会いたいから。
待つのは、好きじゃない。待たすのは好きだけれど。今か今かと待ち侘びてくれる先輩を想像すると自然に口角が上がってしまう。
もうそろそろ時間になってきたというところで、俺は腕時計を見る。これが帰りの合図。
先輩は特に気にした様子も見せず、帰りの身支度をして、立ち上がった。いっそ何も疑問に思わず、俺の後についてくる先輩が、堪らなく愛おしい。うっかり襲ってしまわないように、俺はお得意の嫌味を先輩にぶつける。
「先輩、そういえば彼氏欲しいって言いませんね?」
「はっ!? 何言ってるんだ」
「なんで?」
ドアを押さえながら、鍵を閉める先輩の後姿を見下ろしながら、俺はゆったり微笑む。先輩の動きが止まった。予想通り、顔が真っ赤だ。
「なんでですか?」
「……性悪」
「そういう先輩は意気地なしですね」
「なんなんだよ、もう……」
先輩が大きくため息をつく。
こうなることは、想定済みだった。先輩は、自分のことを魅力もくそもない、干物女だと勘違いしているらしいけど、それは違う。
先輩は、困った顔も、怒った顔も、すねた顔も、照れくさそうに笑う顔も、全部可愛い。そんなこと、先輩の前では絶対に口が裂けても言えないけど。