君の雨。
君の雨




__ザァーザァーと降り続く雨。

こんな日は、いつも彼を思い出す。

そして、どうしようもなく、死にたくなるのだ。


目を閉じると浮かんでくるのは、君の雨。


────
────────


『.....違うんだ...信じてよ…』

そう言って彼は必死に言葉をなげかける。


彼との約束の時間。

彼の家の扉から出てきたのは、知らない女だった。

その女は私を見ると、不敵に笑って立ち去った。

不安が胸を支配し、どれくらい立ち竦んでいただろう
やっとの思いで開けた扉の奥に、彼はいた。

私に気付くと、彼はいつも通りに笑った。


『......ねぇ誰か来てた?』

そう私が言えば、彼は少しの間の後

『....ううん、どうして?』

そう言って首をかしげた。

そして、私の好きなココアをつくる
愛しい彼の背中に問いかけた。

『....さっき、女の人が出てきたの、見たよ?』

そう言えば、彼の背中が微かに反応した。

『............』

『............』


沈黙ばかりが、部屋を呑み込み。

そして、外は雨が降りだす音が聞こえた。


『....ごめん』

背中を向けたまま、彼の静かな声が聞こえた。

『.......何で嘘ついたの?』

『....ごめん。ちゃんと全部話すから…』

そう落ち着いて話す彼に、私は戸惑うばかりで

『....意味わかんない…』

『....全部話すから、聞いて?』

またそんな事を言う彼に私は冷静さを失っていた。

『.....いい...聞きたくない。』

そう言えば、彼は私に近づいてくる。
その表情は哀しげで。

『.....良くない、聞いて。さっきの』

『やだ、やだ、聞きたくないってば!』

そう言って両手で耳を塞ぎこむ。

そんな私の手を耳から外そうと、
彼の綺麗な手が私の手首を捕まえる。

そして、そのままバランスを崩し、2人
ベッドの上へ、彼の下敷きになるように倒れ込んだ。

『.....お願いだから、聞いてよ。』

『.....いやっ!』

そう言って彼を押し返そうと、
上体を起こそうとした、その時。

私の頬に落ちてきた、温かいもの。

瞬間、見上げれば、そこには
綺麗な顔を歪ませて涙をこぼす彼がいた。

初めて見る彼の涙は、次から次へと私に降り続き。

__まるで、雨のようだと思った。


そんな彼の涙に濡れる頬を拭おうと手を動かした時

私の右手にあたったそれを、そっと見た。

そして、もう笑いたくなった。

"それ"女物のピアスを彼の目の前にかざす。

『.......それはっ』

そう驚く彼

『......泣きたいのは、こっちだよ。』

そう言って力の抜けた彼を押し返した。

彼は力なく床へ座り込んだ。

『.....違うんだ...信じてよ…』

そう言った彼を見下ろす

『.....大っ嫌い』

そう言って彼に背中を向けた。

それから、激しく降り続ける雨のなか
傘もささず歩いていた。

頭も心もぐちゃぐちゃだ。



そして、ひとつの赤信号で立ち止まった。



__ドンッ

その時、後ろから背中を押された。


目の前には迫りくるトラック


あぁ、もうだめだ。

そう思ったときに頭のなかを支配したのは

他の誰でもない、彼の泣き顔だった。


その時、私の名を呼ぶ、彼の声が聞こえた気がした。

__ぐいっ

突然、手首を掴まれて、
そのまま何かに抱きすくめられた。


そして、私の記憶は途切れた。


次に目を覚ましたのは、ある病院の一室で、聞かされる言葉にすべて夢であれと、バカみたいに本気で願った。


__彼が死んだ、私を庇って。

もう、この世に彼が、いないのだ。


そんな事実が悲しくて、悲しくて。

けれど、一番悲しいのは......
思い出すのは、初めて見たあの泣き顔ばかりで。


そして、私を道路へと押したのは、あの時、彼の家から出てきた女だった。そして、その女はたくさんの目撃者により逮捕された。さらに、調べでわかったことは、その女は彼のストーカーだったということ。


___全部、私がいけなかった。私のせいだ。

あの時しっかりと彼の話を聞いていたら…

彼を死なせずにすんだのに。


『ごめんなさい。ごめんなさい。』

声にならない悲鳴が心のなかで叫び続けた。



____
_______



ソファの上、力なく垂れた右腕をそっと左手で触れる

そこには、あの時できた唯一の傷跡がある。


彼に包まれていた私は右腕の傷以外、ほぼ、無傷ですんだのだ。


そっと、触れる傷跡がジクジクと痛む。

雨の日にはその傷跡が私をあの時へと連れ戻す。


彼への罪悪感と後悔と悲しみと、いろんなものが
ぐるぐると私の心や体を支配する。

そして

どうしようもなく、涙が出て。

どうしようもなく、死にたくなる。



彼への最後の言葉が『大っ嫌い』なんて

なんて最低なのだろうと今更に、泣き。



きっと、ずっと、これからも、

雨が降るたび

傷跡がジクジクと痛むたび

私は、どうしようもなく、死にたくなるだろう。



彼のところへ逝くのも、きっと、そう、遠くない。




*end*
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