Bartender
ただそれだけのことなのに、私は嬉しかった。

彼が黙って話に耳を傾けていること、それに返事をしていること、全部嬉しかった。

「彼と別れた時、もう恋なんかしないって思った…。

私には恋なんて向いていないから、もうやめようって思った…」

「うん」

言うたびに私の目から涙がこぼれ落ちる。

そんな私の涙をハンカチが全部受け止めてくれた。

まるで、私の話に耳を傾けてくれる伊地知くんのように。

私のすすり泣く音が店内に響いていた。

伊地知くんが黙って、私の前にティッシュを差し出してくれた。

私はそれを2枚ほど手に取ると、洟をかんだ。
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