温もりを抱きしめて【完】
「伽耶さんは、これでいいかい?」


優しかったお父様の声色が、少し変わった。

いいか、と聞きつつ、そこに拒否権なんて存在しない気がした。


それでも私は、今思っている気持ちを正直に話そうと思った。


「婚約発表に関してはすぐでも構いません。だけど……結婚は、要さんの同意が得られるまでは出来ません」



婚約を発表することで、西園寺グループや藤島グループに良い影響を与える必要があるならやむ負えない。

だけど、結婚はしてしまったら後戻りは出来ないものだ。

その前に解決しなきゃいけない問題は、まだある。



「……それが、今の私の気持ちです」



お父様は小さく「そうか」と言うと、今度は要さんに目を向けた。

鋭い目つきで要さんを見るお父様。

そんな様子に、私はドギマギした。



「……だ、そうだが。お前はどうなんだ」



私も同じように要さんの方を見た。

腕を組んで唇をギュッと結んだまま、何も言わない要さん。

頑ななその姿勢に、私の眉はへの字になる。

だけど、それも束の間。

次に聞こえた言葉に、私は耳を疑った。





「……分かりました。俺もこの婚約を受けます」





「、え」


要さんはハッキリとした口調でそう言った。

その答えは、あまりにも予想外すぎる。

だって以前の彼は、あれほどまでに婚約を嫌がっていたのに。



「そうか…。なら、明日から正式な婚約発表の準備を始めるよ」


お父様は残りのコーヒーを飲み干すと、席を立ち上がった。


「それだけ聞きたかったんだ。私は仕事があるから、すまないけど先に出させてもらうよ」


ゆっくりデザートも食べてって、と言って出て行こうとしたお父様を私は追いかけた。


「待ってください!店先までお送りします」

「そうかい?じゃあ、お願いするよ」


要さんに「少し出てきます」とだけ言うと、私はお父様の後をついていった。
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