温もりを抱きしめて【完】
「要さんっ・・・」



突然の彼の登場に驚いたのは、私だけじゃなかったみたい。

先ほどまでペラペラ喋っていた彼女は、急に大人しくなって気まずそうな表情を見せた。

要さんは隣に立つと、私の手首を掴んで彼女を見た。



「悪いが、他の招待客に挨拶があるから連れてくぜ?」



要さんがそう言えば、彼女は少し不貞腐れた表情で「どうぞ」と答えた。

彼女の言葉を聞くと、要さんは私の手を引いて行こうとするので、慌てて彼女に「失礼します」と頭を下げて彼についていった。



ずんずんと会場を歩いていく彼の背中は、どこに向かっているのか。

挨拶と言ってたけれど、誰の所に行くんだろう。

ついに会場の外に出てしまった彼を見て、私は堪らず声をかけた。



「あの、要さん…誰がお呼びなんですか?」


私の言葉に要さんは足を止めると、呆れた表情を浮かべて振り向いた。



「……あのな、」


ハァと珍しく溜息をつく要さん。

だけど、私の問いについてそれ以上の言葉は返ってこなかった。



「いいから、ちょっと付き合えよ」



要さんはそう言うと、私の手を掴んだまま、また長い廊下を歩き出す。



彼の指先から伝わる体温。

掴まれた手に、私の意識は集中していた。


要さんには何気ないことかもしれないけど、女子校育ちで免疫のない私にはかなりの一大事で。




何だかそれを思うと、胸が少し苦しくなった。
< 110 / 171 >

この作品をシェア

pagetop