温もりを抱きしめて【完】
「充(みつる)さん……」


充さんと呼ばれた男の人は、要さんと同じくらいの身長で、眼鏡をかけてキリリとした涼しい顔をしていた。

一切の笑みも浮かべない彼からは、何処か冷たい印象を受ける。


「やぁ、久しぶりだね。まさかこんな所で出会うとは」

「ご無沙汰しています」


畏まった感じの要さんから、彼が他の招待客とは違うことが伺えた。

隣に立つ私はどうしたらいいのか分からず、対峙する2人をただ見ているしか出来なかった。

だけど、『充さん』の不躾な視線がこちらに移ると、一気に背筋がシャンとなった。


「ふーん、彼女か。婚約者ってのは」


彼がそう言うと、要さんは私の背に手を添えて目配せしてきた。

今までの招待客と同じように、私は姿勢を正して目の前の彼に挨拶する。


「初めまして、藤島伽耶です」


お辞儀をした後顔を上げると、刺すような目でこちらを見ている彼と目が合った。

だけどその視線はすぐに要さんに移って、彼はフンと鼻で笑った。


「結局アンタの気持ちなんて、そんなもんだったのか」


彼の軽蔑するような眼差しが要さんに向けられる。

それに対して要さんは表情も変えずに、ただじっと見つめるだけだった。

話の内容が見えてこない私は、やっぱり居心地悪くそこにいることしか出来ない。

だけど―――。




「水織は、ずっと泣いてる」



彼のその言葉を聞いて、心臓がハッと止まってしまうかと思うくらい驚いた。

『水織』という名前も、『泣いてる』という事実も。



「アイツの事泣かせたら承知しないって言っただろ」


彼はそう言うと、私達のくるりと背を向けた。

その背中からも怒ってる様子が伝わってきた。



「もう、水織に近づくなよ」



冷めた、そんな言葉を残して、彼はそのまま人ごみの中へ紛れていった。

隣にいる要さんを、ちらりと見上げる。

奥歯をグッと噛み締めるような、そんな横顔が私の目に入った。



『泣いてる』という彼女の事を考えているであろうその横顔は、どこか悲しそうだった。


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