温もりを抱きしめて【完】
その後の要さんは、パーティ会場を出て、私を最上階にあるスカイラウンジへ連れていった。

ラウンジに着くまでの間、要さんはほとんど喋らずに何か考えているような感じだった。

私もさっきの『充さん』が誰だったのか、聞くことも出来ずに、ただ要さんの少し後ろを着いていく事しか出来なかった。



「ウォッカマティーニ。...お前は?」


席に着くや否やメニュー見ずにそう告げると、要さんは私に視線を移した。

スタッフの人に差し出されたメニューを見て、私はノンアルコールカクテルを注文した。


「畏まりました」と言って頭を下げ、スタッフの男性が去り、また要さんと私だけの空間になる。



目の前に座る要さんは、頬杖をついて窓の外を見ていた。


艶のある薄い茶色の髪。

キリッとした涼しげな瞳。

筋の通った高い鼻。

色気が漂う唇。


そして哀愁を身に纏った要さんのその姿は、改めて見てもやっぱり多くの人を惹きつける気品が溢れている。



「...さっきの奴、いただろ」


窓の外を見つめたまま、要さんが言った。


「あの人は、水織の兄貴なんだ。昔1回だけ会ったことがある」


淡々と話す要さんの言葉を受け止めながら、私はじっとその横顔を見つめた。



要さんの言葉と、その表情だけで...『彼女のお兄さん』だという充さんとの間でどんな会話が為されていたのか分かった気がした。

だからこそ、要さんが今こうしてこんな顔をしている理由も。

何を考えているかも。



そんな中、「お待たせしました」というスタッフの声と供に、先ほど注文したドリンクが届いた。


要さんはテーブルに置かれたカクテルグラスを手に取ると、グイッと一息で飲み干し、「同じものを」とまた注文を重ねる。



それから私は何も喋らない要さんに付き合って、ただ傍にいた。

さっきの話の続きを聞くわけでもなく、何か他の話題を振るわけでもなく。

泣いているであろう彼女を思う彼の、ただ傍にいた。
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