温もりを抱きしめて【完】
「要さん、大丈夫ですか?」


ラウンジから階下の客室へ向かうエレベーターの中で、壁に背を預け、下を向く要さんを覗き込んだ。

結局閉店時間まで飲んでいた要さん。

時刻は2時を回っていて、迎えの電話をかけようとした私を要さんが止めた。



『今日はもうココに泊まる』



確かにこの時間に二宮さんを呼び出すのも忍びない気がして、私はラウンジのスタッフに宿泊部屋の手配を頼んだ。

カードキーを受け取って店を出た要さんは、気だるそうな様子で歩いていた。


「…平気だ、これくらい」



エレベーターの電子パネルが目的の階を表示した。

目の前のドアが左右に開くと、要さんは私の手を取ってエレベーターを降りる。

その手の力は、いつもより少しだけ強い。

そんな要さんの後を引っ張られるようについていった。



部屋の前に着くと、要さんはカードキーを挿し込んでガチャリとドアを開けた。

そのまま手を引かれ、一緒に中に入れば、ソファやテーブルの奥に大きなキングサイズのベッドが目に飛び込んできた。


今更ながら、この部屋に要さんと2人きりだということを自覚すると、途端に体に緊張が走る。


でも要さんはそんなのお構いなしに、手に持っていたカードキーをソファに投げつけると、ベッドの縁に座り込んだ。


「お水、いりますか?」


私は慌てて備え付けの冷蔵庫に駆け寄り、中に入っていたミネラルウォーターを取り出した。

それを持って彼の側に行くと、「はい」と目の前に差し出した。

私を見上げる要さんと、目が合う。

いつもは鋭いその瞳が、酔ってる所為か…どこか縋るような、それでいて苦しんでいるような、そんな目に見えた。


「あ……っ」


ミネラルウォーターを持っていた手が突然引かれ、バランスを崩す。


気が付けば、私は要さんの腕の中にいた。


床に落ちたペットボトルが、ゴロゴロと転がってソファの足にぶつかった。
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